文/池上信次
現在放送中のNHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』は、2月上旬現在、ジャズが大きな意味をもっていた当初のストーリーとは大きく異なる展開になっていますが、またジャズに繋がることを期待しながら観ています。このストーリーの変化は、主人公が交代して舞台が次の世代に移ったことによるものですが、その流れをより印象づけるためでしょう、劇中の音楽は「時代」を強く感じさせるものが多く使われています。たとえば「およげ! たいやきくん」が流れた瞬間、「ああ、あの時代!」となるわけで、「ヒット曲」は時代の象徴といえるものですよね(「およげ! たいやきくん」は1976年のヒット曲です)。
さて、イントロが長くなりましたが、その「たいやきくん」を聞いたときに、ジャズでこのような「時代」を感じさせるヒット曲はなんだろう? と思ったわけです。で、さっそく調べてみました。日本では、ジャズのメインのメディアは「アルバム」ですが、時代性ということでは、ジャズ・ファンではなく世間一般にどれだけ認知されたかが重要になるので、ここではジャズの「シングル盤」のチャート動向を見てみました。そもそもジャズはシングル盤で発売されるものが少ないので、歌謡曲・ポップスと同じ土俵に上がったというだけでも、時代の象徴たりうるものだと思います。
『オリコン』誌の1968年から2010年に日本で発売されたシングル盤のヒット・チャートをまとめた『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968-2010』(株式会社オリコン 2012年発行)から、ジャズ・ミュージシャンがリリースしたシングル盤の「最高順位」を抽出し、10位まで並べてみました(ミュージシャンの選択は筆者による)。もったいぶらずに第1位から紹介しますね。
最高順位によるランキング
1 T-SQUARE「Truth」12位(1991年)
2 クインシー・ジョーンズ「愛のコリーダ」13位(1981年)
3 T-SQUARE plus「Truth 21c」32位(2001年)
4 日野皓正クインテット「スネイクヒップ/白昼の襲撃」35位(1969年)
5 ハーブ・アルパート「ライズ」41位(1979年)
6 ジョージ・ベンソン「ターン・ユア・ラヴ」42位(1981年)
7 デイヴ・グルーシン・オーケストラ「レーサー」47位(1969年)
8 ルイ・アームストロング「女王陛下の007」50位(1970年)
8(同順)ハービー・マン「ハイジャック」50位(1975年)
10 T-SQUARE「Faces」60位(1992年)
1位・3位・10位にランクインしているT-SQUAREですが、いずれの曲もフジテレビの『F1グランプリ』のテーマ曲です。1位・3位はアレンジ違いですが、曲は同じです。10年経って同じ曲が再びチャートに入るのは、そのタイミングでテレビ番組がリニューアルされたから。第2位「愛のコリーダ」は、クインシー・ジョーンズの名を一躍有名にした“ディスコ”ヒットです(ジャズかという議論はひとまず置いておきます)。F1とディスコにはとても「時代」の感じがありますよね。
第4位「スネイクヒップ/白昼の襲撃」は、映画『白昼の襲撃』のサウンドトラック盤(正確には映画とは別音源)。映画の公開は1970年2月で、シングルは前年11月の発売ですので、(ヒノテル人気に乗った?)先行発売でした。当時この音源を収録したLPアルバムは出ませんでしたので、それもシングル・ヒットの要因のひとつと思われます。ちなみに、この音源がCD化されたのは2011年のことでした。第5位と第6位はいずれも当時のテレビCM曲。「ライズ」はマツダRX-7、「ターン・ユア・ラヴ」はパイオニアのオーディオ商品のCMで使われました。
第7位「レーサー」は、同名映画のサウンドトラック盤です(原題:Winning。ポール・ニューマン主演)。ソロ・アーティストとしてデビューする前の「アレンジャー」デイヴ・グルーシンの作品ですが、すでに「らしさ」満載です。第8位もサントラ。サッチモは007映画で挿入歌を歌いました。この前年に、「この素晴らしき世界」がイギリスで大ヒットしたことを受けての起用と思われます。なお、「この素晴らしき世界」は日本でもシングル盤が出ましたが、チャート・インはしていません。サッチモの代表曲のひとつですが、当時は認識が違うようですね。1970年頃はサウンドトラックも多くシングル盤が出ており、チャートにも多数入っていました。
第8位の「ハイジャック」は、いわゆるディスコ・ミュージックです。ハービー・マンがこんな曲を残していたとは、今まで知りませんでした。しかも9万枚以上のセールスと記録にありますので、もしかするとハービー・マンは、ジャズ・ファン以外では「ディスコの人」という認識だったりして。そう考えると「愛のコリーダ」のセールスは30万枚超なので、クインシー・ジョーンズは、当時は完全に「ディスコの人」と見るべきですね。
そしてこの「ディスコ」を除くと、シングル・チャート上位曲はどれも「テレビ」「映画」に関連がある作品ということになります。まあ、そもそもジャズの主戦場はシングル・ヒット・チャートではありませんが、「ヒットはタイアップで作る」というのが1960年代末から続いていたのはちょっと驚きですね(現在ではもう意味がありませんが)。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。