文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1061624)、ジャズの流行の指標としてシングル盤の国内チャート最高順位のランキングを紹介しましたが、指標は順位だけではありません。そのほかに「チャート登場週数」があります。最高順位は瞬間風速のようなものですので、低順位であっても長くチャートインしているものこそ評価すべき人気ということで、どんなチャートにも毎回(毎週)の順位に必ず並記されていますね。今回は前回と同じチャート資料から、その「登場週数ベスト10」をピックアップしてみました。すると、じつに興味深い「流行」が見えてきました。今回も、もったいぶらずに第1位から紹介します。

◎登場週数によるベスト10(同順あり)
1 クインシー・ジョーンズ「愛のコリーダ」(1981年)33週《2》
2 ハーブ・アルパート「ライズ」(1979年)19週《5》
3 ジョージ・ベンソン「ターン・ユア・ラヴ」(1981年)18週《6》
4 日野皓正クインテット「スネイクヒップ/白昼の襲撃」(1969年)13週《4》
5 ルー・ドナルドソン「アリゲーター・ブーガルー」(1968年)10週《-》
5 ローラ・フィジィ「瞳のささやき」(1992年)10週《-》
7 阿川泰子「シニア・ドリーム」9週(1981年)《-》
7 ウィル・リー&ニューヨーカーズ「愛のサスペンス」9週(1980年)《-》
7 T-SQUARE「Truth」9週(1991年)《1》
7 ルイ・アームストロング「女王陛下の007」9週(1970年)《8》
※《 》は前回紹介の最高順位ランキング。チャート資料は『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968-2010』(株式会社オリコン/2012年)による。「ジャズ」の分類・選択は筆者による。

「愛のコリーダ」は33週、つまり8か月も100位内にいて、しかも最高順位が2位ですから、本物の大ヒットといえるものですね。その一方、「最高順位ベスト10」には入っていなかった曲が4曲もあります。このうち、「瞳のささやき」はフジテレビのドラマ『さよならをもう一度』の主題歌、「シニア・ドリーム」はいすゞ自動車、「愛のサスペンス」はパイオニアのCMソングです。これらはいわゆるタイアップによるヒットで特筆すべきことはないのですが、残る1曲「アリゲーター・ブーガルー」のヒットはなぜなのか?

ルー・ドナルドソン『アリゲーター・ブーガルー』(ブルーノート)
演奏:ルー・ドナルドソン(アルト・サックス)、メルヴィン・ラスティ(コルネット)、ロニー・スミス(オルガン)、ジョージ・ベンソン(ギター)、レオ・モリス(ドラムス)
録音:1967年4月7日
「アリゲーター・ブーガルー」収録アルバム。ここでの演奏時間は7分ありますが、シングル盤ではコルネットのソロを全部カットして短く編集されています。このアルバムはアメリカ『ビルボード』誌の「Album 200」チャートに11週登場し、最高141位を記録しました。

「アリゲーター・ブーガルー」の最高順位は66位。前回の最高順位ランキングに並べると13位になるのですが、(前回分類の)テレビ、映画、ディスコのいずれにも属さない「単独ヒット」というか「純粋ジャズ・ヒット」では1位になるのです。まったく意外でした。で、調べてみました。

「アリゲーター・ブーガルー」の、アメリカでのシングル盤発売日は67年11月4日。アメリカ『ビルボード』誌のシングル・チャート(Hot100)では、発売3週後に最高93位、チャートイン4週の(ジャズとしてはそこそこの、ブルーノート・レコードとしては大のつく)ヒットとなりました。日本盤シングルの発売日は1968年4月10日。新曲、アメリカでヒット直後とはいえ、そもそもモダン・ジャズ好みでアルバムがメインの当時の日本のジャズ市場で、ソウル・ジャズのシングル盤が出るということからして、ちょっと謎ですよね。でも理由がありました。

『21世紀版ブルーノート・ブック』(行方均、マイケル・カスクーナ監修/株式会社松坂/2009年)によれば、このシングル盤は初めての「ブルーノート・レコードの日本盤」だったのです。それまでブルーノートのレコードは日本でのプレスが許可されておらず、すべて輸入盤でした。そしてこのとき、やっと許可されて10枚のシングル盤が一挙に発売になったというのです(アルバムでは翌年から発売)。そして「アリゲーター・ブーガルー」は、キャノンボール・アダレイ「枯葉」、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ「モーニン」、バド・パウエル「クレオパトラの夢」などの人気曲シングルとともに、唯一の新曲盤としてそのラインナップに加えられたのでした。同書には、これらのシングル盤は「〈まったく売れなかった〉そうだ」とありますが、実際はチャートが示すように「アリゲーター・ブーガルー」だけは売れたのです。

ルー・ドナルドソンは当時そんなに人気があったのでしょうか。売れたのは事実ですが、その理由はおそらく別にあったのではないかと思います。というのは、このシングル盤はほかの9枚とは違う状況にあったから。なんとルー・ドナルドソンとほぼ同時に、ほかに2枚の「アリゲーター・ブーガルー」のシングル盤がリリースされていたのです。どちらもいわゆるグループサウンズ(GS)バンドで、1枚は人気上昇中のザ・ハプニングス・フォーの3枚目のシングル(68年5月5日発売)、そしてジャズ・ピアニストでもある三保敬太郎が結成したザ・ホワイト・キックスのデビュー・シングル(5月10日発売)。ともに同じ日本語の歌詞で歌われましたが、じつはこの2グループはルー・ドナルドソンと同じレコード会社なのです(東芝音楽工業)。邦楽洋楽の部署をまたぎ、さらに異例の社内競作で「ブーガルー」ブームを画策したんですね。

当時アメリカでは「ブーガルー」が流行中で、チャート上位には「ブーガルー・ダウン・ブロードウェイ」「カラテ・ブーガルー」という、「ブーガルー」がタイトルについた曲が2曲も入っていました。その流行をGS用に翻案輸入するにあたり、タイミングよく「本家」(のひとり)のシングルも出せるということで、「アリゲーター」が選ばれたのでしょう。ほかのレコード会社からも同時期に「レッツゴー・ブガルー」(寺内タケシとマニーズ)など、いくつもの「ブーガルー」シングルがリリースされていましたので、ブームは各社協力しての仕掛けだったのでしょう。

というわけで、その勢いに乗って、ルー・ドナルドソンのシングルも売れたと考えたいところですが、解せないことがひとつ。GSのほうは(ジャズとは異なり)シングル盤がメインのメディアであるにもかかわらず、どのグループのシングルもチャート100位には入っていないのです。21世紀になっても、テレビの懐メロ番組でGS版「アリゲーター・ブーガルー」が取り上げられることがあるくらいですから、「ブーガルー」は当時の大きなトレンドだったと思われますが、ブームとチャートは関係なかったのか。チャートの意味はなんなのか? ということになってしまうのですが、ブームの見返りは各グループくまなく分散し、どこもチャートに反映されるほどは突出しなかった、というケースも想定できますので、そんなところかと。

となれば、ルーさん、ごめんなさい。前言撤回します。まず、「アリゲーター・ブーガルー」は、当時「枯葉」や「クレオパトラ」より人気だったということ(シングル盤ですから、ジャズ・ファンではなく一般人気として)。そして(仕掛けられたものにせよ)ブーガルー・ブームを引っ張り、ダントツでその頂点に君臨していたのがルー・ドナルドソンだったのです、と訂正します。ザ・ホワイト・キックスはルー・ドナルドソンがチャート内にいる10週間のうちに解散。GSによる「ブーガルー」ブームは短命だったことが伺えますが、そんな中、音楽ファンは「本家」にこそ本物の魅力を感じ、支持したのです。新説だけど、極端すぎるかな。(レコード商品名には「アリゲーター」「アリゲイター」が混在しますが、ここでは「アリゲーター」に統一しました)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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