アラスカのパイプライン建設という過酷な現場での防寒着として開発されたダウンジャケット。その確かな歴史を引き継ぎ、日本人の体型に合うように改良を加えたモデルがある。これぞ最強の冬用アウターではないか。
日本では江戸時代の天保元年(1830)にアメリカ東海岸のペンシルベニア州で創業されたアウトドアブランドがある。『ウールリッチ』というブランドだ。
「アメリカ最古のアウトドアブランドと言われていますが、レジャーとしてアウトドアスポーツが盛んになったのは1960年代ごろ。創業当時はハンターや森で働く人や開拓者のためのワークウェアをつくっていたと思われます」
ブランドのルーツを話すのはウールリッチジャパンのマーケティング部部長の鈴琢磨さん(47歳)。
英国から移民としてアメリカへ渡ってきたジョン・リッチが、ペンシルベニアに毛織物工場を建設したのがこのブランドの始まりだ。ウールの生地、毛布や靴下などが主力商品で、南北戦争や2度の世界大戦では軍隊のための毛布やコートを提供、南極探検やエベレスト登頂にも使われるなど、確かな歴史を持つ老舗だ。
アラスカの冬でも万全な設計
同ブランドを代表するアイテムの「アークティックパーカ」は、1972年に誕生したダウンジャケットだ。アラスカの天然ガスを通すパイプライン建設現場で着用できる防寒着の製造を、アメリカ政府から依頼を受けてデザインされたもの。マイナス40 度を超えるような極寒地で作業者の命を守り、なおかつ作業中の動きやすさを追求。高い保温性と機能を併せ持った、いわばプロ向けのダウンジャケットだ。撥水性や耐摩耗性を考え、表地は綿とナイロンが6対4の割合で混紡された「ロクヨン」クロスを採用。中に大量のダウン(羽毛)を詰め込むことで高い防寒性を実現した。
フードに付くファーもこの製品の特徴のひとつ。自然環境を壊さないように間引かれたコヨーテの毛皮が使われている。この素材が選ばれたのは氷点下でも凍ることがないからだ。またハンドウォーマーや大型のポケットなど、寒さに対して万全の機能性を備える。市販されるとすぐにその性能やデザインが注目を集め、特にイタリアでは2004年にプロサッカーの名門チーム、ACミランの正式なコートに採用され、爆発的な人気に。日本でも同ブランドのアウターの中で長年、圧倒的な売り上げを誇る。
「もともとの『アークティックパーカ』は、劣悪な条件の中で長時間働くためのもので、大きく、ダウンもぱんぱんに入っていました。その後、ダウンの量や各所のサイズバランスを調整した『ニューアークティックパーカ』を開発しました。肩が前に出る日本人の体型に合わせて袖付けも前振りした設計になっています。ジャケットの上からもとても着やすいですよ」
2012年から販売され、日本での人気をさらに伸ばした「ニューアークティックパーカ」の進化したポイントを鈴さんはそう話す。
使われている素材やディテールはオリジナルのまま。威風堂々とした佇まいに風格さえ感じる名ダウンジャケットだ。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2021年12月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。