簡単なようで、食感や味わい、形、調理法など、実は個性的な楽しみ方が提案されている日本のプリン。ここでは、老舗から注目の新店まで、全国各地で話題となっている名店の味を厳選して紹介する。
3代目と勤続60年の職人が守る味
イワタコーヒー店 鎌倉
JR鎌倉駅東口そばにある『イワタコーヒー店』の創業は昭和20年12月と、終戦後、まもない時期。一歩店内に入れば、昭和の懐かしい風情が色濃く漂っている。現在、店を切り盛りするのは、2代目の叔父から引き継いで15年経つという生嶋亜里紗さん(42歳)だ。
「父は反対しましたが、この店の歴史を守りたい、誰も継がなくて、店がなくなってしまうのは忍びないという思いが年々強まり、私が継ぐことにしました」
名物「自家製プリン」は、皿に双子のようにプリンが並んでのっている様子が愛らしく、一目見た瞬間から虜になる人が続出しているそうだ。
「いつ頃からふたつのせているのか定かではありません。プリンを作っているケーキ職人は60年近くここにいるのですが、その職人が入った頃には、すでにふたつのせていたということです」(生嶋さん)
実は、4〜5年前までの自家製プリンは今よりひと回り小さいサイズだったそうだ。その理由は当時、使っていた楕円形の器にのせるのに、ちょうどぴったりのサイズだったからだという。
「昔から器の形が楕円形だったので、それにのせた時の見栄えを考慮して、ふたつ並べたのではないでしょうか」
根本は決して変えない
現在、生嶋さんと店の味を守るのはケーキ職人の高須伸志さん(72歳)。昭和38年に15歳で入店、以来、店を陰でずっと支えてきた。
「今ならもっと材料にも選択の余地がありますが、うちは昔から手に入った材料しか使いません」と高須さん。
60年前に手に入った材料で生み出されたプリンは、今も高須さんがその味を守っている。
高須さんによると、自家製プリンの大きさや提供する器を変えることはあっても、プリンの根本は決して変えないという。生嶋さんが子どもの頃の遊び場でもあったこの店で、いつも食べていた「記憶に残るプリン」の味を、二人三脚でずっと守り続けている。
同店の自家製プリンは全卵と牛乳などで作る。すーっとスプーンが入る程よい固さが特徴だ。カラメルも甘すぎず、ほんのり甘めのプリン生地と合わさって引き立て合うように調整しているそうだ。
同店のもうひとつの人気メニューは「プリンアラモード」。こちらにも自家製プリンをふたつのせている。その周りを旬のフルーツやホイップクリームで豪華に飾っているが、メロンやリンゴの飾り切りは約40年前から変えておらず、これも継承し続けるつもりだ。
同店には3世代で通う常連客も多い。彼らの記憶の中にも、家族と一緒に楽しんだ自家製プリンがあるのかもしれない。
イワタコーヒー店
神奈川県鎌倉市小町1-5-7 電話:0467・22・2689 営業時間:9時30分〜18時 定休日:火曜、第2水曜 交通:JR横須賀線・湘南新宿ライン鎌倉駅下車、徒歩約1分
取材・文/飯島千代子 撮影/山下亮一、高嶋克郎、鈴木暁