不妊手術を終えて、Aさん宅にきたチビ。

不妊手術を終えて、Aさん宅にきたチビ。

本連載ではこれまでにも、「ボクを捨てないで!ペット猫が野良猫として生きていけない理由」などの記事で、猫ブームの後で捨て猫が増える懸念についてお伝えしてきた。そして、「ボクたちをもらって!「猫シェルター」で新たな家族との出会いを待つ猫たち」などの記事で、野良猫や捨て猫、飼い主が飼うことを放棄してしまった猫など、行き場を失った猫たちを引き取って育てる「猫シェルター」の活動についても紹介してきた。

しかし家の中で飼われるのに馴染めない野良猫もいる。そういった猫たちに対しては、外で暮らす飼い主のいない猫を一時的に捕獲し、動物病院で雌なら不妊手術、雄なら去勢手術を施して、再びもといた場所に戻すという「TNR活動」というものがある。不幸な猫が無制限に増えないよう、一代限りの命を全うしてもらうための活動だ。

いったい、具体的にどんなことをしている活動なのか? そして、「人間と暮らすことができない猫」がどうして現れてしまうのか? まずは、あるボランティアの実際の経験談からお伝えしていこう。

野良猫チビとの出会い

チビは、白黒のホルスタイン柄、顔はハチワレの小柄な猫だ。野良猫の保護やTNR活動をしているボランティアのAさんが世話をしている野良猫で、今年で4歳になる。

「チビ!」

夜遅く、Aさんがいつもの場所で声をかけると、

「にゃ~!にゃ~!」

と元気よく返事をしながらチビが走り寄ってくる。足元にスリスリと体をこすりつけてくるチビの頭を撫でると、チビはごろんと地面に横になって、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。

前肢をふみふみさせているのは、記憶のどこかに残っているお母さん猫のおっぱいの味を思い出しているからか。

Aさんの前ではいつも転がって、ゴロゴロと喉を鳴らしながらエアーふみふみをする。

Aさんの前ではいつも転がって、ゴロゴロと喉を鳴らしながらエアーふみふみをする。

Aさんが初めてチビに出会ったのは、チビが生後2カ月くらいの時のこと。

夜遅く、仕事帰りにたまたま通りかかった公園で、子猫が数匹、跳ね回って遊んでいるのを見つけた。しばらく様子を見ていると、子猫ばかりでなく、成猫も公園のあちこちにいるのがわかった。昼間この辺りを通る時には気づかなかったが、夜になると、こんなにも猫が住んでいたとは。

関心と無関心の間で増える猫たち

猫好きのAさんはその後、毎夜、公園に通って猫たちの様子を観察した。

夜遅く、人通りもなくなった頃、中年の女性が自転車でやってきては、猫たちに餌を与えていくのを何度か見た。器に入れるでもなく、地面に猫用ドライフードをどっさりまいていた。

早朝に公園に行ってみると、今度は別の女性が散歩のついでなのか、足早に公園内を通りながら、ご飯やパンをぼろぼろとばらまきながら歩いていった。女性が通り過ぎると、猫たちがわらわらと草むらから出てきて、女性が落としていったご飯やパン屑を食べていた。

数日後、Aさんは夜公園にやってきた女性に、この猫たちの管理をしているのか尋ねてみた。すると、「かわいそうだから餌をあげている」という。ただ、餌は与えているものの、不妊や去勢はしていないため、次から次へと子猫が生まれ、成長し、また子猫が増え……、そして数日間観察したAさんが把握しただけでも、20匹以上の猫がその公園に暮らしているようだった。子猫たちも元気に走り回っている。

Aさんは夜、猫じゃらしと餌を持って公園に行くようになった。器に餌を入れて、猫たちが食べ終わったら器を回収した。それから、猫じゃらしで猫たちと遊んだ。子猫ばかりでなく、成猫たちも夢中で猫じゃらしで遊ぶ姿がかわいかった。

最初は警戒していた猫も、徐々に近づいてきて、遊びに加わるようになった。そのうち、Aさんは猫たちと仲良くなっていった。

5、6匹いた子猫のうちの1匹だった白黒は、遊びに夢中になって興奮してくると、いつも立っているAさんの足の上を陣地にして、玩具を狙うようになった。他の子猫よりも小さくて、すばしっこいその子猫を、Aさんはチビと呼んでかわいがった。

一方、Aさんは休みの日には昼間に公園近くの民家に聞き込みをして回った。猫たちがたくさんいることを知っているのか、猫たちを管理している人はいるのか尋ねて回った。

「よくわからないけど、うちの庭に置いてある物置の中でいつも産んでいるみたいなのよ」

という家もあった。どの家も無関心といえば無関心だが、猫たちを嫌っているわけでもないことは幸いだった。

そこでAさんは、公園の猫たちに不妊、去勢手術をさせたいと住民に伝えた。すると、みんな「そうしてくれるとありがたい」という。自分たちの飼い猫でもないのに猫に関わりたくないし、病院に連れて行く時間も費用も割きたくないというのが本音だ。自腹でそれをしてくれる人がいるというのなら、渡りに船というわけだ。

Aさんは、早速、よく知っている動物病院に野良猫の不妊、去勢手術のための予約を入れた。野良猫の不妊、去勢に協力的な病院だ。1日に何匹連れて行けるかわからないので、最大で6匹くらいを目安として病院に連絡した。そしてその夜から、捕獲大作戦が始まった。

捕獲大作戦

捕獲機を公園の数か所に設置。中には、猫たちが大好きな猫用おやつを入れておいた。捕獲機は新聞紙で覆ってあるが、入り口からは反対側の外が見えるようにしてある。捕獲後、中の猫がトイレをしてもいいように、捕獲機の底(外側)にはペットシートをガムテープで張り付ける。

しばらくすると、公園のあちこちで「ガシャン!」と捕獲機の蓋が閉まる音が響き始めた。すぐに音のした捕獲機を確認すると、中に猫が入っているのを確認できた。

最初の日は雄猫3匹、雌猫2匹を捕獲。猫たちは捕獲機に入れたままいつも捕獲大作戦でお世話になっている仲間のバンに乗せた。耳はイカ耳で目をらんらんとさせ、警戒を露わにしているものの、みんな緊張しているせいか、おとなしい。仲間が一晩預かり、翌朝一番に動物病院に連れて行く手筈だ。

動物病院では予定通り不妊、去勢の手術をし、手術済の印として耳に小さなカットを入れる。虫下しや血液検査も行なう。ケガなどがあれば、それも治療してもらう。それぞれの猫の状況に応じて退院させ、再び仲間のバンで公園まで運び、戻す。放たれた猫たちは、一目散で駆け出し、公園の草むらに姿を消していった。

嫌われたかな、と思うものの、数日もすると猫たちは何事もなかったようにAさんと遊ぶために姿を現した。ご飯もしっかり食べてくれて、一安心した。その動物病院では手術の際、猫たちの写真を撮影しており、退院時に写真を渡してくれる。写真があるので、複数の猫を捕獲しても、どの猫をいつ手術したか、その猫がちゃんと元の場所で暮らしているか確認することができる。

子猫に関しては捕獲後、一時預かりの仲間に預け、ワクチン接種をしたり、適正な月齢がくれば不妊、去勢手術を施し、里親を探した。そうしたことを数回繰り返して、ほぼ全ての猫たちに不妊、去勢をすることができた。

ただ1匹、どうしても捕まえることができない猫がいた。あの、いつもAさんの足にのって遊んでいた白黒の子猫チビだ。Aさんによく懐いていて、触ることもできたのに、捕獲の段階になるとすばしっこくてなかなか捕まえることができなかった。捕獲機にも近寄ってもくれなかった。

なかなかチビを捕まえることができずにいるうちに、ある日、チビは忽然と公園から姿を消してしまった。何度も捕獲をしようとしたことで嫌われてしまったのか。あるいは悪い人に連れ去られたり、事故に遭ったりしたのか。警察に問い合わせて、近辺で猫の事故死がなかったかも確認したが、わからなかった。

その後、Aさんは公園で餌やりをしている人達と話し合って、今後も餌をあげ続けてくれること、餌をあげる際にはきちんと器に入れ、食べ終わったら片づけること、もしも猫が病気になったり、何らかのトラブルが発生したりした場合はすぐに連絡してくれることを約束してもらった。チビのことだけが心残りだったが、公園の猫たちのことは餌やりの人達に任せることになった。他の場所でもボランティアとして活動しているからだ。

チビとの再開

チビを見なくなって半年くらい経ったある日。Aさんが家の近所を歩いていると、道の先にぼんやりと白黒の猫がいるのが見えた。

「あれ?あの模様……」

もっとよく見ようと近づくと、猫の方もAさんに気づいたようで、ぴくっと歩みを止めた。次の瞬間、Aさんは叫んでいた。

「チビ!」

同時に、猫もAさんに向かって一目散に駆けてきた。

「にゃ~!にゃ~!にゃ~!!!」

間違いなくチビだった。Aさんのことをちゃんと覚えていた。公園にいた時と同じように、スリスリとAさんの足に絡みついてくる。

しかし、再会した場所はもともとチビがいた公園から1キロ近く離れた地点だ。しかも、間には線路や広い道路もある。どうしてこんなところに? 誰かに連れてこられたのか? あんなにすばしっこくてどうしても捕まえることができなかったチビなのに、誰が連れてきたというのか。それとも、自分で歩いてきたのか。

謎だらけだったが、チビはとにかく元気で生きていた。ケガも特にない。ただ、白黒の毛の白の部分はずいぶん薄汚れていた。まだ野良には違いないようだった。

Aさんはその後、毎日、再会した場所でチビに会うようになった。その辺りを通る時はチビの名を呼んで歩いた。すると、どこからともなくチビは現れた。いつものように「にゃ~!にゃ~!」と返事をしながら。

家に置くべきか、外に放つべきか

Aさんは周辺の家々に聞いて回って、チビが飼い猫かどうか念のため確認して回った。その結果、飼い猫ではないけれど、餌をあげている人は見つけることができた。ただ、毎日あげているわけではなく、たまたま見かけた時にあげているとのことだった。

Aさんは半年前のように、チビと毎日遊びながら、餌をあげるようになった。それから、今度は抱っこ捕獲に成功。捕獲機なしに、キャリーバッグにチビを入れて、動物病院に連れて行き、不妊手術をした。

その後、一度はチビを飼うために自宅に連れ帰ったが、飼い猫との相性が悪く、里親を探すことにした。しかし、自宅にいた1、2日の間、別猫のように怯え、触ろうとすると暴れるチビを見ていて、なんだかかわいそうになってきた。里親を探す間、人の家の中に置いておくべきなのか、リリースすべきなのか迷った末、Aさんはチビを捕獲した場所に戻すことにした。

元の場所に戻ったチビは、さっと走って姿を消した。信頼を失ってしまったかな。Aさんはそう思った。でも、数日後、チビは再びAさんの前に現れた。何の屈託もなく。

「やはりこの子は外で暮らす方が向いているのかもしれない」

それまでにも何匹も猫の里親を探してきたAさんの直感だった。本当は全ての猫に里親を探したいと思っている。でも、外で生まれ育った猫の中には、どうしても人の家の中で暮らすことに向いていない猫もいるのかもしれない。

最初の出会いから4年。Aさんは今も、毎日、同じ場所でチビに会っている。餌をくれる家で食事をもらってきた後なのか、Aさんが餌をあげても食べなくて、ゴロゴロと喉を鳴らして撫でることを要求してくることもある。チビが病気になれば動物病院に連れて行く準備もある。今後もずっと、チビの面倒を見ていく予定だ。

再会したばかりの頃のチビ。

再会したばかりの頃のチビ。

人間と暮らすことができなくなってしまった猫

雌猫は通常、一年に2~3回、1回に複数(多くて7、8頭ほど)の子猫を出産する。生後1年くらいから成猫といわれるが、雌猫は早い個体で生後4カ月から既に妊娠できる体になっている。不妊手術を施さないでいると、たった1匹の雌猫だけでも、年間に十数倍もの子猫を出産できる計算になる。その雌猫から生まれた子猫たちも時期に出産するようになるのだから、芋ずる式に猫が増えるのは火を見るよりも明らかだ。

もっとも、これは母猫が健康で栄養状態もいい場合のこと。栄養状態の悪い母猫から生まれた子猫は病気がちなことも多く、早く命を落としてしまうこともままある。子猫は無垢でかわいいものだが、妊娠中に栄養状態が悪かった母猫から生まれた子猫によっては、胎内にいる間に脳に充分な血液が回らず、先天的に情緒不安定で、常に狂暴な猫になってしまうこともある。
母猫も幾度も出産、授乳を繰り返すうちに体力が衰え、長生きできないことが多い。

そうした病気がなくても、子猫(時には成猫も)が交通事故に遭ったり、心無い人にいじめられたりして悲しい最期を迎えることもある。

本当なら猫は野生動物ではなく、歴史的にも人間の管理下にあるべき家畜だから、全ての猫に里親を見つけたいところだ。でも、人間のせいで野良になってしまった猫たちが、外で子猫を生み、外で育った猫の中に人間と暮らすことができなくなってしまった猫がいるのもまた事実なのだ。

TNRは、そういう猫たちのための活動でもある。TNRをするからには、その後、餌や周辺の掃除など、面倒を見てくれる人がいることが前提となる。そうした活動は今現在、個人のボランティアの活躍に頼っている部分が多いのが現状だ。

文/一乗谷かおり

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