■行き場を失った猫たちの家
猫シェルターというものをご存知だろうか。猫カフェでもなければ、もちろんペットショップでも、猫付アパートでもない。
猫シェルターに住む猫たちは、野良猫や捨て猫、飼い主が飼うことを放棄してしまった猫など、行き場を失った猫たちだ。
「外で暮らす野良猫は自由だ」と考える人は多い。でも実際は違う。感染症など命にかかわる病気の心配、カラスなどの外敵の存在。車にはねられる可能性もあれば、食べ物を探すのだって一苦労。安心して休むことができる寝床の確保も大変だ。
猫は一般的に寒がりだが、雨が降れば濡れるし、冬の寒さはことのほか体に堪える。もちろん他の野良猫はライバルで、ケンカで大怪我することだってある。過酷で厳しい世界だ。
とくに雌猫は年に2回、多い時は3回も出産することがあり、疲弊が早い。糞などの問題から地域の住人に嫌われ、保健所に持ちこまれてしまう猫だっている。
厳しい外の世界や保健所などから、そうした猫たちを救うために猫シェルターがある。
■快適な環境で「本当の家族」の迎えを待つ猫たち
東京都板橋区のマンションの一室。36平米の部屋に20匹ほどの猫たちが暮らしている。
シェルターというと、狭いケージに猫たちが押し込められているという印象を受ける人もいるかもしれない。でも、ここの猫たちは、部屋の中を自由にかけまわっている。
キャットタワーもあれば、柔らかいクッションや毛布、ちぐら、爪とぎがあちこちに置かれ、おもちゃもたくさん用意されている。
ひとつが半畳ほどの大型の猫用トイレが5つほどと、普通サイズの猫用トイレが5つほどあり、何種類かの猫砂が入れられているため、それぞれの猫が好きなタイプの砂の入っているトイレを使うことができる。
夏はクーラー、冬は暖房とホットカーペットがつけられ、空気清浄機や加湿器も設置されている。
シェルターは、数人のボランティアスタッフが協力し合って、交代制で1日2回、シェルターを訪れて猫たちの世話をしている。箒でざっと掃いた後、掃除機をかけ、更に雑巾がけをして室内を清潔に保つ。20匹も猫がいると、半日で部屋は猫の毛埃がたまってしまう。トイレも入念に掃除し、臭いが残らないように気を配る。
作業が一通り終われば猫じゃらしなどで猫と遊んだり、ブラッシングしたり、撫でたりしてコミュニケーションをとることも忘れない。体調や怪我、おしっこの仕方や糞の状態など、 猫に変化があればすぐに仲間のボランティアに連絡をし、病院に連れていく。
窓際で仲良く一緒に寝たり毛繕いしあったりする猫たちもいれば、おもちゃで遊ぶ猫、爪研ぎに余念がない猫、ついつい他の猫にちょっかいを出して「シャーッ」と怒られる猫もいる。この部屋で暮らす猫たちは、みんな思い思いに時を過ごしている。そしてみんな、家族として迎えてくれる里親が現れるのを待っている。
■ブランド猫もシェルターに
それぞれの猫の出自は様々だ。数か月前まで公園で暮らしていた猫もいれば、ある日突然、道路にぽつんとただずんでいるところを発見され、保護されてここにやってきた元飼い猫らしき猫もいる。
中には、ペットショップで高額で売られているようなブランド猫の姿もある。長毛品種のブランド猫のメインクーンの風(ふう)はもともと、一人暮らしの年輩女性が飼っていた猫だ。メインクーンやシャムなど、風を含め全9匹がいた。ところが、女性が施設に入居することになった。女性は、実の娘に飼ってくれるように頼んだものの、断られ、自ら保健所に持っていって「殺処分する」することを決めた。
これを聞きつけたボランティアスタッフが、慌ててその女性のもとに駆け付け、猫たちを保護して、シェルターに連れてきたのだ。
保護されて数か月。最初のうちはスタッフたちに威嚇を続けていた9匹も、今ではシェルターでの生活にも徐々に慣れてきた。特に風は、スタッフとおもちゃで遊んだり、スリスリと体を寄せてきたりして、信頼関係が生まれつつある。
猫自身にとっては、高級かどうかなんて関係ない。大切なのは、飼い主さんに家族として愛されているかどうか、だ。野良出身でもブランド猫でも、ひとつの命として尊重されていることに意味があるのだ。
人に飼われていたと思われる猫を外で保護するケースもよくある。首輪のあとがあったり、やけに人馴れしていたり、どうしていいかわからないとでもいうように一か所に佇んでいるような猫を保護することも多い。
こうした場合、いったんシェルターに連れて行き、近辺の迷い猫情報にアンテナを張る。もしかしたら、ちょっと脱走してしまっただけで、本当は飼い主が必死で探している可能性があるからだ。でも、実際にはそういうケースはあまりない。探している形跡がなければ、正式にシェルターでの保護猫となり、里親募集を始める。
飼われていた経験のある猫は、例外はあるものの人懐っこい。スタッフの姿を見るとすぐに「にゃーにゃー」とすり寄ってくる猫もいる。
「この子の飼い主さんは、どうしたんだろう」
「どうしてこの子がこのシェルターにいなければいけないのか」
そう思うと、スタッフの目に涙がにじむこともある。
■生き物だから病気だってする
人によく馴れている猫はすぐに里親募集を開始できる。でも、野良出身であったりして人に馴れていない猫は、シェルターでスタッフたちと触れ合いながら、「飼い猫修業」をする。子猫なら人に馴れるのも早いが、ある程度の年齢まで外で暮らした猫は、警戒心も強く、すぐには心を開いてくれない。スタッフが作業のため部屋に入っていくだけで、物陰やカーテンの後ろに隠れてしまう猫もいる。
そうした臆病な猫たちに対しても、焦らず、時間をかけて距離を縮め、馴らしていく。それぞれの猫のペースに合わせて接し、徐々に心を開いていく努力を重ねる。ひとりのスタッフに馴れるのに数年を要する猫もいる。触ることさえ許してくれなかった猫が、心を開いて、ついには膝の上に乗ってきてゴロゴロと喉を鳴らし始めると、感慨もひとしおだ。
2年ほど前にシェルターにやってきた健太郎は、推定12歳で既にシニア。これまでに何度か入退院をくりかえしている。飼い主さんが亡くなってシェルターで引き取られたのだが、シェルターに来る前から患っていた歯肉炎が次第に悪化し、歯槽膿漏になってしまった。膿で頬が腫れて食事もままならないこともある。
健太郎の歯槽膿漏は他の猫に移ることはないが、猫エイズなど、場合によっては他の猫に移してしまう可能性のある病気を持つ猫たちは、別の部屋で暮らしている。ボランティアスタッフによって保護された猫たちは、すぐに動物病院に連れて行かれ、健康診断を受けるが、その時、エイズ陽性であることがわかる猫もいる。中には、エイズ陽性だったため捨てられたのではないかと疑ってしまう猫もいる。
■シェルター猫たちの里親会
シェルターのボランティアたちは、毎週土曜日、日曜日に里親会を実施している(その場での譲渡はないため、譲渡会ではなく里親会と称している)。子猫の場合は里親も見つかりやすいが、大きくなった成猫にはなかなか見つからない。このシェルターにもかれこれ5年ほど暮らしている猫もいる。里親が見つからない成猫たちにスタッフが声をかける。
「ずっとここにいてもいいんだよ。里親さんが見つかるまでは、ここが君のおうちだよ」
最近、「殺処分ゼロ」を掲げる自治体は多い。でも本当の理想は「捨てられる猫ゼロ社会」。動物は生き物だから、かわいいだけではない。病気だってする。シェルターのスタッフたちは、「野良猫がいない社会」が来る日を待ち望みながら、活動を続けている。
シェルターの運営は、ほとんどがボランティア。里親会などでいただく支援金以外は、ほぼスタッフたちの持ち出しだ。
興味のある人はシェルターによる里親会を覗いてみていただきたい。
【猫の方舟レスキュー隊里親会】
■開催日時:9月5日(日)14時~18時
■会場:東京都文京区本郷4丁目2-12 芙蓉堂第3ビル3F
■問い合わせ先:猫の方舟レスキュー隊(秋葉) 電話080・5074・7608
取材・文/一乗谷かおり
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