ジャズのアルバムには、ジャズ・クラブやホールで録音された「ライヴ・アルバム」が数多くあります。ライヴ・アルバムは、ミュージシャンのありのままの姿を記録したものとして大きな価値と魅力をもっています。モダン・ジャズの黄金時代、ジャズ・クラブが多数ひしめくニューヨークでは盛んにライヴ・レコーディングが行われ、数々の名盤が生まれました。たとえばアート・ブレイキーの「バードランド」(1954年、59年)や「カフェ・ボヘミア」(55年)でのライヴ盤(いずれもブルーノート)、「ファイヴ・スポット」のエリック・ドルフィー(61年/ニュージャズ)、「ヴィレッジ・ゲイト」のハービー・マン(61年/アトランティック)、「ハーフ・ノート」のウェス・モンゴメリー(65年/ヴァーヴ)など、ジャズ・ファンなら、どれかきっと一度は耳にしたことがあるでしょう。また、それらで当時のジャズ・クラブの名前もたくさん認識されたと思います。なかでももっとも有名なジャズ・クラブは「ヴィレッジ・ヴァンガード」(以下ヴァンガード)でしょう。ヴァンガードは1935年にオープンし、85年を超える歴史があるだけあってライヴ・レコーディングの回数は多く、これまでに100枚を超えるライヴ・アルバムがリリースされています。もちろん、ある時点からは「老舗」というヴァリューも加わってのことですが、ライバルひしめく1950年代から60年代においても、ヴァンガードでは質の高いライヴ・アルバムがダントツに多数作られています。
ヴァンガードでそのころ録音されたライヴ盤を、いくつか挙げてみます。[日付は録音日]
1)ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(ブルーノート)1957年11月3日
2)クリス・コナー『クリス・イン・パーソン』(アトランティック)1959年9月13日
3)『ジェリー・マリガン・アンド・ザ・コンサート・ジャズ・バンド・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(ヴァーヴ)1960年12月11日
4)『チャーリー・バード・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(リヴァーサイド)1961年1月15日
5)ビル・エヴァンス『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(リヴァーサイド)1961年6月25日(『ワルツ・フォー・デビイ』も同日録音)
6)『ボビー・ティモンズ・トリオ・イン・パーソン』(リヴァーサイド)1961年10月1日
7)『ザ・ジェリー・マリガン・カルテット』(ヴァーヴ)1962年2月25日
「ライヴの名盤」がずらりと並びます。なかでも1)のロリンズと5)のビル・エヴァンスは、ライヴという枠を超えた「ジャズの名盤」です。どうしてヴァンガードから続々と名盤が生まれたのでしょうか。ちなみにヴァンガードで行われた最初のライヴ・レコーディングは1)のロリンズです。トップ・バッターでいきなりホームランをかっ飛ばしたわけです。「さすがはジャズ・メッセンジャーズのライヴ傑作を録ってきたブルーノート」と思った方もいるでしょうが、ご覧のとおりあとに続くレーベルはさまざまです。「ヴァンガードのライヴ盤に外れなし」には、レーベルではなくヴァンガードだけの理由があったからなのです。それは、上に挙げた8枚のアルバムの共通項にあります。ヒントはエヴァンスのアルバム。
その答えは……録音日が全部日曜日なのです。このころ、ニューヨークのジャズ・クラブの多くは1週間単位のブッキングで、火曜日から始まり日曜日が最終日(月曜休み)となっていました。つまり連日ステージで演奏を重ね、その最終日に録音したという形なのです。当時多くのスタジオ・レコーディング・セッションはリハーサルはなしか、せいぜい1日というところで、それに比べてライヴ盤は(こちらのほうが「一発」のイメージがありますが)日曜日の録音であれば、その前に5日間たっぷりとリハーサルができるので、当然質は高くなりうるというわけです。それならばほかのジャズ・クラブでも日曜日に録音すれば同じということになりますが、理由はまだあるのです。
ヴァンガードの日曜日には、「サンデー・マチネー」という昼公演(エヴァンスの場合、夕方4時30分から)があったのです。つまり、「リハーサルたっぷり」に加えて、録音時間もたっぷりだったのでした。エヴァンスの『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』は同じ1日に録音された音源を2枚のアルバムで発表したものですが、のちにその日の演奏のすべてをCD化したコンプリート版を見ると、昼は2セット、夜は3セット演奏され、その全部が録音されていたのです。5セットで全12曲21テイク。テイクを選べる余裕まであったのですね。これはプロデューサー、エンジニアにとってもたいへんな安心材料で、実際ファースト・セットでは停電になって録音が中断してしまった演奏もあったのです。これならアルバムの完成度は飛躍的に上がりますよね。
ロリンズのアルバムは『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜(A Night At The Village Vanguard)』というタイトルですが、じつは、違うメンバーによるマチネーのステージも録音されていました。バンドが2組あるのはそのためです。ちなみに、ロリンズの録音は2週間出演の最終日だったにもかかわらず、トリオ編成による演奏はこの日が初めてで、昼の部はそのリハーサル的な位置づけだったとか(参考文献:小川隆夫著『ジャズ超名盤研究2』シンコーミュージック・エンタテイメント)。
「その場限り」「一発勝負」イメージの強いライヴ・レコーディング(もちろん演奏だけをみればそのとおり)ですが、この時代についていえば、スタジオでのレコーディング・セッションよりも、作品作りではよい環境ともいえるのです。
(なお、ヴァンガードのライヴ・アルバムでもっとも知られているのは、同店で複数のアルバムを作ったジョン・コルトレ−ンだと思われますが、ここではあえて外しました。それらは日曜日の録音ではないのですが、そこには別の事情があったのです。これはまた回をあらためて取り上げます)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。