文・写真/長尾弥生(海外書き人クラブ/元タイ・アメリカ・ベトナム・インドネシア在住、現台湾在住ライター)
イラスト/U&S studio
台北で必ず行きたい場所としてガイドブックに紹介されている「迪化街(ディーホアジェ)」。赤レンガの建物が並び、お茶、漢方薬、乾物などの老舗商店が軒を連ねる歴史ある商店街だ。辺りには漢方の匂いが漂い、赤や黄色の看板がひしめく光景はまさに中華街。最近では、おしゃれな台湾雑貨を扱うショップやセンスの良いカフェやレストランが次々とオープンし、台湾情緒を感じる散策とショッピングが同時に楽しめるスポットとして、連日観光客で賑わっている。
迪化街に「赤毛族」現る。赤毛族とはいったい?
その迪化街を歩いていると、店先のポスターや店内のポップにユニークなキャラクターたちがいることに気づく。
人間のような、動物のような、ロボットのような不思議な姿形をしたカラフルでポップな彼ら。皆、裸足で、手や足には毛が一本一本描かれている。
彼らは「赤毛族」。赤毛なのではない。赤は中国語で「裸足」の意味があるため、裸足+毛の族、というわけだ。中国語の発音からアルファベットでは「chimoz」、日本語では「チモ」と書く。
いったい赤毛族とは何者なのか。彼らの生みの親であるデザインスタジオ「U&S 叔叔與妹妹(https://chimoz.com)」の温國欣(ウェン・グォ・シン)と陳美君(チェン・メイ・チュン)に聞いてみた。
「赤毛族は自分たちが暮らす世界を愛する7人組。自分たちが生きる地球をとても大切に思っています。地球といつも触れ合っていたいという気持ちから、どこへ行くのも靴を履かずに裸足です。手や足の毛を生やしたままなのも、それがありのままの自分だから。自分らしく自然体に生きる。それが赤毛族なのです」
「おじさんと妹」というデザイナーコンビ「U&S 叔叔與妹妹」
温國欣と陳美君は明志科技大學の先輩と後輩。工業デザインを専攻した温國欣と、ビジュアルアート専攻の陳美君は、作風も気質も対照的だ。現実的でマーケティングセンスのある温國欣と、感覚的で爆発的なアートセンスを持つ陳美君。二人を掛け合わせたらおもしろいことができるんじゃないか。
そして2012年、二人はデザインスタジオ「U&S 叔叔與妹妹」を立ち上げた。ちなみに「叔叔(シューシュー)」は中国語で「おじさん」、「妹妹(メイメイ)」は「妹」の意味。先輩と後輩は設定上、おじさんと妹のコンビになった。
台北に進出して本格的に活動を始めた二人は、都会の様子に驚いた。
「当時はMRT(地下鉄)の工事が真っ盛り。古い建物がどんどん壊されて新しいビルの建設ラッシュでした。街の木がバッサバッサと倒され、地面のあちこちに穴がボコボコ空いていました」
穴だらけの道路を見ていた二人。ひらめいたのは、地下で暮らす何者かが穴から地上に出てきて新しい世界を見て回る、というストーリーだった。
都会に暮らす人々は忙しく、無理をしながら毎日を過ごしているように思えた。環境破壊、ストレスの日常。現代社会のそんな現状に「それでいいのか?」と疑問を覚えるうちに、地下で暮らす何者かのキャラクターイメージがどんどん膨らんでいった。そして、冒険好き、お助けマン、働き者、花好き、早起きなど、性格もスタイルも異なる7人からなる「赤毛族」が誕生する。
歴史ある大稲埕地区に迪化街がある。古き良きものと人情にあふれる場所
2016年、温國欣たちが活動拠点を迪化街に移した。
「迪化街のある大稲埕は人情あふれる街。古い建築も多くてそれぞれに歴史があります。それに老舗は店じまいも早いですから、静かな環境でじっくり創作活動ができると思ったのです」
台湾では迪化街のあるこの一帯を「大稲埕(ダーダオチェン)」と呼ぶ。台北市西部を流れる淡水河沿いに広がり、19世紀後半以降、茶葉などの輸出業で繁栄してきたエリアだ。当時は外国商社や台湾の富豪が商店を構え、赤レンガにバロック装飾を施した洒落た建築を競うように建てたという。日本統治時代を迎え、この地区が最も賑わったといわれる1920年代にも赤レンガの洋館が次々に建てられた。
残念ながら街の繁栄は続かなかった。次第に建物は古び、閉店も多くなったが、1990年前後から街の歴史的景観を保護しようという動きが起こる。その後、台北市から景観保護地区の指定を受けると、赤レンガ建築の補修や改修が進んでいった。
そして2011年、リノベーションした3階建ての歴史的建造物に、書店やカフェ、工芸雑貨店、ミニシアターなどが入った「小藝埕」がオープンした。文化発信とショップを兼ねた空間は「世代文化創業群」という地元の文化創造プロデュースグループが手がけたもの。その後も同様の空間が次々にオープンし、大稲埕は新しいカルチャーの発信地として知られるようになる。若手クリエーターたちも集まり始めた。
そんな時期に、温國欣と陳美君も大稲埕にやってきた。
しかし注目のカルチャー発信地に来たからといって、すぐに創作活動が花開くわけではない。そこで最初に取り組んだのはスケッチだった。歴史ある街並みの中に「描きたい」と思う建物はいくらでもあったのだ。
老舗商店の商品に赤毛族のイラスト。コラボ商品が大人気
建物の前に座りスケッチに没頭する温國欣に、店の人が「何してるの?」と声をかけてきた。建物の絵を見せると「いいね!」と感心された。赤毛族の絵を見せ、なぜ裸足で毛があるのかを説明すると共感された。赤毛族が自分たちの暮らす世界を愛する気持ちは、例えば、老舗漢方薬店が自然を守りたいという思いにつながった。自分らしくという赤毛族の生き方は、例えば、文具メーカーが鉛筆に込めた子どもたちへのメッセージにもつながった。
こうして赤毛族と老舗商店の商品のコラボが始まった。赤毛族の楽しい絵が描かれた漢方防虫剤もカラフルな鉛筆も人気商品となった。赤毛族のおかげで、老舗商店に若者や観光客といった新しい客が訪れるようになった。
赤毛族の生き方が共感を呼ぶ。迪化街で広がる赤毛族の輪
最近の温國欣は、台北市の依頼を受けて大稲埕のガイドを務めたり、老舗商店と一緒にワークショップを開催したり、街が主催する国際芸術祭や観光客向けアプリの制作に積極的に関わっている。街を盛り上げる役目が増える一方、近所でパソコンが壊れて困っていると聞けば駆けつける。もうすっかり街には欠かせない存在だ。
「僕たちが来た3年前に比べて、大稲埕や迪化街を訪れる人は随分増えました。この街には歴史や伝統があり、そうした長い時間をかけて育まれてきたものを僕は大切にしていきたい。赤毛族を通して、子どもから大人まで、台湾の人にも海外の人にも、この街の魅力をもっと伝えていきたいと思っています」
自分の暮らす世界を愛し、自分らしく生きる赤毛族。大稲埕や迪化街で赤毛族の生き方に共感する輪は広がっている。楽しいコラボはこれからも増えて、街はこれまで以上にたくさんの人を惹きつけていくはずだ。
U&S studio https://chimoz.com/
小藝埕 https://www.artyard.tw/%e5%b0%8f%e8%97%9d%e5%9f%95/artyard32/
黄長生薬行 https://www.facebook.com/a25532156/
文・写真/長尾弥生 (海外書き人クラブ/元タイ・アメリカ・ベトナム・インドネシア在住、現台湾在住ライター)
15年間のアジア暮らしと1年間のサンフランシスコ暮らしを経て、2019年より台湾・台北在住。著書に「バリ島小さな村物語」「フェアトレードの時代」など。執筆、編集のほか、写真、ウェブデザインも行う。海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。