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文・写真/永井葉子(モーリシャス在住ライター/海外書き人クラブ)

「ブルー・モーリシャス」は切手マニアなら誰もが知る幻の世界最高額の切手。切手収集家の間ではその希少さ、美しさ、重要性の点で切手界のピラミッドの頂点に立つことから、切手界のレオナルド・ダ・ビンチとも言われている。モーリシャスの首都、ポートルイスにあるブルーペニー博物館「Blue Penny Museum( http://www.bluepennymuseum.com/)」では現存する27枚のブルー・モーリシャスのうち、2枚を見ることができる。この切手の作られた背景、その後辿った運命を紐解いてみよう。

ブルーペニー博物館。コロニアルスタイルの建物。館内は撮影禁止。Blue Penny Museum["File: Blue Penny Museum, Port Louis, Mauritius.JPG" by MGA73bot2 is licensed under CC BY-SA 1.0

ブルーペニー博物館。コロニアルスタイルの建物。館内は撮影禁止。Blue Penny Museum “File: Blue Penny Museum, Port Louis, Mauritius.JPG” by MGA73bot2 is licensed under CC BY-SA 1.0

ブルー・モーリシャスの誕生

時は1847年、イギリス植民地時代に遡る。インド洋に浮かぶ小さな島モーリシャス島で、赤色の1ペニー切手と青色の2ペンス切手、各500枚ずつが島で最初の切手として発行された。

(左)青色の2ペンス切手、(右)赤色の1ペニー切手。青と赤の2枚が展示されているのは世界でもブルーペニー博物館のみ。

(左)青色の2ペンス切手、(右)赤色の1ペニー切手。青と赤の2枚が展示されているのは世界でもブルーペニー博物館のみ。

最初に発行されたブルー・モーリシャスには「ポストオフィス(POST OFFICE)」と印字されていたが、再発行のために追加印刷した際「ポストペイド (POST PAID)」と印字が変更。以降「ポストペイド」と印字されるようになる。結果「ポストオフィス」と印字されたものは初版のみ。そのうち現存している切手は1ペニー切手が15枚と2ペンス切手が12枚、計27枚のみとされている。この印字の変更に関しては彫金師のミスであったという伝説も生まれたが、後にこの伝説はガセであったことがわかっている。現存する枚数の少なさに加えて、イギリス連邦が本国以外で初めて発行した切手であるという点もこの切手を貴重なものとしている。

世界最高峰の切手に隠されたドラマとは

ブルー・モーリシャスは希少な切手であるだけでなく、使われた背景にも世界最高峰にふさわしいドラマが隠されている。モーリシャスは 1715年にフランス植民地となる。しかし1810年、ナポレオン戦争中にイギリスが占領、イギリスの植民地となる。しかしイギリスはフランス人住民に対して、これまで通り資産・事業・宗教・言語・文化を保持し続けることを許した。この柔軟な措置により大半のフランス人入植者はイギリス統治後もモーリシャスに居続けることを選ぶ。

グランド・ポートの戦い。ナポレオン戦争中の英仏の海外拠点を巡る戦いのひとつ。モーリシャス攻防戦においてイギリスは海軍力で勝利。

グランド・ポートの戦い。ナポレオン戦争中の英仏の海外拠点を巡る戦いのひとつ。モーリシャス攻防戦においてイギリスは海軍力で勝利。by Rama is licensed under Cc-by-sa-2.0-fr

1847年、イギリス総督府は法廷でのフランス語使用を禁止する法律を制定しようとする。それに対しフランス人住民のイギリス統治に対する不満が高まり一部は暴徒化、それを鎮めるために兵士が送られる事態に至る。当時の総督夫人レディー・ゴムはフランス人コミュニティーとの関係回復を図ろうと、フランス人・イギリス人の名士を総督邸に招待し仮装晩餐会を開催する。その招待状を送るために使われたのがブルー・モーリシャスである。この切手の使われた背景を辿ると当時の大国同士の関係、駆け引きが見えて来るようだ。

総督夫人レディー・ゴムが出した招待状のうちのひとつ。

総督夫人レディー・ゴムが出した招待状のうちのひとつ。

ブルー・モーリシャスに魅せられた富豪たち

時を重ね、 ブルー・モーリシャスは世界各国のオークションを賑わせるプレミア切手となる。そのうちの一枚は1904年、後にイギリス国王となるジョージ5世によって1450ポンドという記録的な高値で競り落とされる。以降この切手はイギリス王室コレクションとなり、現在もロンドンのセント・ジェームズ宮殿に保管されている。

ジョージ5世。熱心な切手収集家でもあった。

ジョージ5世。熱心な切手収集家でもあった。

その後もブルー・モーリシャスは取引される度に高額になり、切手収集家が憧れる幻の切手となる。収集家の中でもとりわけ有名なのが日本人収集家金井宏之氏。1枚目を1963年、ロンドンの競売で8,500ポンドというイギリス連邦の切手一枚としては史上最高額で競り落とす。さらに1971年「ボルドー・カバー」と呼ばれる赤、青両方が貼付されている封書を1億2000万円で購入。この時点で金井氏はブルー・モーリシャスを6枚個人所有し、ブルー・モーリシャス最多のコレクターとなる。

ボルドー・カバー。1993年には612万3750スイスフランで落札される。

ボルドー・カバー。1993年には612万3750スイスフランで落札される。

しかし金井氏は1988年、ボルドー・カバーを売却。後に「モーリシャスのコレクションを売ったのは、これらの美しい切手を持つことを夢見ているコレクターの思いを叶えるため」と回想している。ボルドー・カバーに続き、残る金井氏のモーリシャス切手コレクションも1993年チューリッヒでオークションにかけられる。そのうち赤、青(両方未使用)の計2枚をモーリシャスの民間企業16社からなるコンソーシアムが220万ドルで購入。約150年の時を経てブルー・モーリシャスは再びモーリシャスの地に戻る。

現在、赤色の1ペニー切手と青色の2ペンス切手の両方が一般公開されているのは世界でもブルーペニー博物館のみ。博物館は首都ポートルイスの港に面した大型商業施設、コーダン・ウォーターフロント内にあり、アクセスに便利。ブルーペニー博物館で世界中のコレクターが憧れたブルー・モーリシャスを見ながら、この切手の物語に思いを馳せてみてはどうだろう。

コーダン・ウォーターフロント:https://www.caudan.com
(Le Caudan Waterfront, Port Louis)

文・写真/永井葉子 (モーリシャス在住ライター)
10年間のフランス・パリ近郊生活後、2014年よりインド洋の小さな島・モーリシャス(在留邦人50人余り)在住。 英仏語での取材を元にフランス及びモーリシャス関連記事を執筆。海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

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