文・写真/ミッチー田中(海外書き人クラブ/ニュージーランド在住ライター)
「ニュージーランドといえばクラッシックカーですよね」
耳を疑うような話題をふられたのは、出国前に訪ねてきた知人からだった。「ニュージーランドといえば羊だろ」という突っ込みの言葉を飲み込み、彼のクラッシックカーへの羨望をぼんやりと聞き流した。彼の話を信じていなかったからだ。
ご存知の通りニュージーランドは、人口密度の低い、広々とした国だ。実際この国一番の都会オークランドにも、牧場や遊歩道を伴った公園が点在する。電車などの公共交通機関がそれほど便利でないのは想像に難くないだろう。国民の自動車保有率は7割を超える。つまり子供以外は皆マイカーを持っているという計算となる。道路は広く、車道と歩道は分離され、高速道路も無料という、車社会を前提とした国のインフラ政策。さらにイギリスにならって左側走行となっている。日本人の私達にはとても運転しやすい環境だ。
もちろん私もニュージーランドに来て、すぐに中古車を購入しなければならなかった。必需品だ。実際どんな車が街中を走っているのか、忙しさの中にも注意深く観察してみることにした。そこで私は日本との大きな相違点に気付いたのだ。
この国にはなんと多種多様な世界中の車が集結していることか。それも最先端の電気自動車からクラッシックカーまで。
私は以前日本以外にフランスにも住んだことがある。ニュージーランドを含めた3国だけの比較で恐縮なのだが、日本・フランスの共通点、それは自動車メーカーがあることだと改めて気づかされた。もちろん日本では国産車が主流で、私もトヨタ、マツダ、ホンダと変遷を重ねつつも国産車を愛用してきた。フランスもルノー、プジョー、シトロエンなどフランス国産車が一般的である。しかし車社会ニュージーランドには自国の車会社が存在しない。この違いの大きさにはびっくりさせられた。つまりすべての車が貨物フェリーで大海原を渡って、この遠い南半球の島国に輸送されてくるのだ。
年代が古くなればなるほど安くなる自動車税。車検は2000年以降製造された車は一年に一回だが、2000年以前の車は半年に一回義務付けられている。しかし料金はたったの30~50ニュージーランド・ドル、日本円にすると2、3千円といったところだ。時間も30分とかからない。そんな一般庶民のマイカー率を後押しする制度と相まって、新車だけでなく、中古車もこの国では盛んに取引される。輸入車に頼らなければならない車社会の国、ニュージーランド。それはさながら時代をまたいだモーターショーの勢いで、様々な車が一般道を走っている世界だった。
コリン・フェルナンド、世話好きの配管工の彼の愛車は、1929年生まれのFORDだ。
1958年、15歳の少年だった彼は新聞配達で貯めたお金で50ポンドのFORDを買った(1967年まで通貨はニュージーランド・ポンドだった)。1960年ごろの一軒家の値段が2,500ニュージーランド・ポンドだったそうだ。時代と国境を超えたお金の価値を考えるのは難しい。オークランド・スター・ヘラルド新聞の広告で見つけたその車は、父親が使っていたFORDと同じものだ。「よく走るし、壊れない」。彼の先見の明は正しく、製造されてから90年経たにもかかわらず、いまだによく走る。
メンテナンスを行うのはもちろん彼自身だ。エンジンも彼が修理する。「昔の車はシンプルだからいい」。彼は長年利用している車体の構造図の冊子や、部品の取り扱い業者のカタログを見せてくれながら話した。物を大切にするニュージーランド人の人柄が良く表れている。
ニュージーランドは物を大事にする文化である。自分で作れるものは作る。壊れたものは直して使う。ガレージセールに行けば、日本ではとっくに捨てられていそうなガラクタが、平然と陳列されている。みんな磨いて直して再利用するようだ。
歴史を紐解くと、200年ほど前から続くイギリスやアイルランドからの移民は、家財を船で運び、修理を繰り返しながら大切に使ってきた。いや大切に使うしかなかった。持ち込んだ物以外、精巧に作られた物は無く、遠く離れた島国故、産業の進んだ隣国もなかったからだ。雄大な自然の中に飛び込んできた開拓者たちは、自ずから職人や技術者にならざるを得なかったのだ。
コリンがドライブに誘ってくれた。お祭りのパレードに参列するのだ。70代の彼より年上の相棒。シンプルな運転席。彼は今もこの車を修理し乗りこなす。パレードの沿道からは羨望と憧れの眼差し。道行く子供たちは「I love your FORD!」と叫んでいた。
文・写真/ミッチー田中(ニュージーランド在住ライター)
東京で出版社勤務後、フランス、沖縄、熊本阿蘇、オークランドと居住地を変遷している。教育、政治、哲学、文化、旅行、美食、酒そして子供4人のうち3人の息子がサッカーをしているため、サッカー界に興味あり。海外書き人クラブ会員(http://www.kaigaikakibito.com/)。