文・写真/杉﨑行恭
松戸郊外をクルマで走っていたら、ある橋のたもとにモノレールがどかんと置かれていた。千葉都市モノレールの車体だ、とはいえ放置されている感じもない。でもその唐突感は『このあたりにナニかあるぞ』という期待感をもたせるのに充分なインパクトがあった。
イヌの散歩でやってきたおじさんに聞くと「近くに電車やヒコーキがたくさんある博物館がある」という聞き捨てならない情報。迷路のような周辺の路地を探し回ると、突如としてヒコーキと電車とクルマと、そのほか乗り物の一部らしい機械類がごっそりと集まる一角に出くわした。
看板には『昭和の杜』とある、でも玄関から入っても入場券売り場的なものはなく、気がつけば電車とイヌの顔をした幼稚園バスとパイパーチェロキー(飛行機)といすゞベレットとカエルの石碑に囲まれていた。掲げられている園内図にはクラシックカー館とか古民具の館とか区分けされているが、収集されたモノが多すぎてその境界はなかば無くなっている。ともあれ、流鉄からきた元西武鉄道2000系とか地下鉄銀座線から銚子電鉄に行った奴とか、富士重工のアクロバット機、エアロスバルの前半分もあった。気がつけばめくるめく乗り物の世界にいた。眺めているだけでのどが渇く。
展示場の奥に“現場事務所”といった感じの建物があり、その中に受付があった。入場券300円は安い!。この『昭和の杜博物館』の魔界のような楽しさは屋内展示室にも潜んでいた。あの『ALWAYS 続・三丁目の夕日』にも貸し出したというダットサン・ブルーバードの先には太平洋戦争中のアメリカ空母のでっかい模型があり、さらにその奥には少年時代に憧れたプラモデルの箱絵の巨匠、小松崎茂の展示室があるではないか。
見覚えのある箱絵の数々、天空をかける四式戦「疾風」、攻撃機を発進させる巨大潜水艦「イ400」、コンテナを下ろす「サンダーバード2号」もあった。もう原画を見ながら、「あれも知っている、これも持ってた」と天衣無縫の小松崎茂ワールドに溺れそうだ。気がつけばすでに1時間も過ぎていた。以前は柏にあった小松崎茂展示館が閉館してからどこに消えたかと思っていたら、ここに復活していたとは。
5000点ものコレクションがある『昭和の杜博物館』は、松戸市で建設会社を営む吉岡光男さんが昭和のクラシックカーを収集したことから始まり2010年10月に開館。「ほとんどのクルマは整備しているのでエンジンがかかる、電車は切断して搬入し、あとからつなげた。もう場所がないのでこれが限界」と言いながらも「ほしかったF104ジェット戦闘機を見に行った」と吉岡さんは語る。本来なら博物館のコンセプトやら今後の展望やらを聞こうと思ったが、大好きな乗り物の話をしているうちに日が暮れてしまった。
ここには自動運転もAIもビッグデータもない、機械より人間のほうがエラかった時代のアナログマシンがこれでもかと集められている。それが既存のミュージアムにはない熱気とホンモノが発するオーラが混ざって、一瞬にして少年時代に連れ戻してくれた。昭和生まれの乗り物好きには必見だと思う。ただしこの日、『昭和の杜博物館』に遭遇したおかげで午後の予定がつぶれてしまった。急いでいる時、うかつに近寄ると危ない博物館だ。
【一般社団法人・昭和の杜博物館】
所在地:松戸市紙敷1377
電話:047−369−7870
開館時間:10時〜17時(入館は16時30分まで)
開館日:金・土・日・祝
料金:300円(高校生以下無料)
交通:JR武蔵野線東松戸駅・北総線秋山駅より徒歩約15分
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。