文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

アルプスの国、オーストリアには、数々のローカル線が走っています。オーストリアの動脈となるオーストリア国鉄とは異なり、私鉄のローカル線は、時には地元民の足となり、時には電車好きの観光客を乗せ、多くの人に愛されています。

今回ご紹介するのは、そんなローカル線の中でも、世界遺産「セメリンク鉄道」に直結し、ノスタルジックな歴史が魅力のヘレンタール鉄道。「ヘレンタール」とは、「地獄谷」を意味し、まるで地獄のように聳え立つ白い岩肌が風光明媚な、渓谷を走る鉄道です。

●ヘレンタール鉄道の歴史

ヘレンタール鉄道は2018年に100周年を迎えた、狭軌道鉄道です。地元の鉄道好きのボランティアによって運営されているこの鉄道は、別名「ミュージアム鉄道」とも呼ばれています。製造当時のテクノロジーがそのまま使われていて、自由に触って確かめてみることができます。

当初1918年に工業用鉄道として開通しましたが、1926年には乗客を乗せる鉄道として、世界遺産「セメリンク鉄道」とオーストリア最古のラックス(Rax)山のロープウェーをつなぐ路線となりました。

1903年に作られ、通称「走るガーデンハウス」と呼ばれる車両は、欧州最古の運行可能な電動の乗り物で、Payerbachの駅に実物が展示されています。

現在使われているのは1926年製造の緑色の車両で、外観だけでなく内装や運転席も当時のまま。歴史を感じさせるレトロな乗り心地満点です。

●アクセス

このヘレンタール鉄道は、ウィーンから1時間ほど南の世界遺産「セメリンク鉄道」と連結しています。小さな駅舎は、オーストリア国鉄のPayerbach-Reichenau駅から線路沿いに5分ほど歩き、地下道を抜けた反対側にあります。

この760mmの狭軌道鉄道は、ヴィーナーアルペンと呼ばれるウィーン南方のアルプスの渓谷を、縫うように走ります。この渓谷の水源となるアルプスの湧き水は「皇帝の泉」と呼ばれ、90km離れたウィーンの飲料水となっています。まさにアルプスの恩恵を受けた絶景が見所です。

運行は夏期の日曜祝日のみで、一日4本。終点から折り返しの運行をしますので、途中下車せず、往復乗車する人がほとんどです。車内で購入できる乗車券はノスタルジックなデザインで、歴史を演出します。

●ルートと見どころ

それでは、ヘレンタール鉄道のレトロな車両に乗り込んで、出発してみましょう。

木製のベンチは、博物館に飾られている当時の車両そのまま。荷物置き場や照明の曲線、窓を止める革製のバンドも時代を感じさせます。

列車は5kmほどの距離を、25分ほどかけてゆっくりと進みます。揺れは通常の市電などと比べて大きく、開け放した窓からは夏の風が感じられます。

駅は全部で5つ。ほとんどの駅は、道端に看板が立っただけの簡易的なものですが、2つ目の駅はライヒェナウ(Reichenau)という比較的大きめの町で止まります。ここはハプスブルク家の避暑地にもなった土地で、美しい橋からは、カメラを構えて列車を撮影しようとする人たちの姿も見られます。

車窓からの風景は、緑豊か。ウィーンの飲料水の元となる「第一ウィーン水道」の水源が近いシュヴァルツァ(Schwarza)川沿いを走る、自然豊かな景色が広がります。

列車の旅も後半に差し掛かると、目の前にはラックス山の見事な姿がそびえ、山上の山小屋まで見渡すことができます。

終点駅のHirschwang周辺では通常10分間停車して、周りを散策することができます。ここからラックス山のロープウェー駅まで徒歩25分ですが、ここで下車する人は稀で、同じ列車で折り返し元の駅に戻る人が大半です。車庫見学付きの便に乗車した場合は、ここで1時間弱のガイドツアーがあります。

* * *

世界遺産「セメリンク鉄道」から乗り継ぐことができ、険しくも美しい「地獄谷」の美しい川沿いを走るヘレンタール鉄道。歴史を感じさせる車体と、鉄道を愛する従業員、アルプスの美しい景観と、ローカル線の楽しみが詰め込まれた路線です。

本数が少なく、気軽に乗るには敷居が高いかもしれませんが、セメリンク鉄道やアルプスのハイキングを組み合わせ、オーストリアらしい鉄道の旅を計画してみるのも楽しいですよ。

Höllentalbahn
https://www.lokalbahnen.at/hoellentalbahn/

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)所属。

 

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