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オランダ:ロッテルダムへ遠乗りしよう【旅ラン1】(角田光代の旅行コラム 第5回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、角田光代さんが執筆します。

文・写真/角田光代(作家)

ランニングをはじめてから10年ほどになる。はじめてフルマラソンの大会に出たのが2011年だ。とはいえ、私は走るのが好きではないし、フルマラソンもつらいだけだ。ではなぜやめないのかと多くの人に訊かれる。私自身もそう思う。

いやだいやだと思いながらもランニングを続けているのは、こんなにいやだいやだと思っているのに続けられるからだ。逆説的だが、そうなのだ。2011年に参加した大会で、フルマラソンも走れるということがわかったので、以後、つらいとわかっていながら、年に一、二度は必ずなんらかの大会にエントリーしている。

はじめて海外で行なわれるマラソン大会に出たのは2014年、場所はロッテルダムだ。『人生はマラソンだ!』という、ロッテルダムマラソンを題材にした映画があり、その映画の宣伝にかかわったこともあって、映画配給会社の人と編集者とともに参加したのである。

ロッテルダムは現代建築で有名な街だと、帰国してから知りました。不思議な建物が多く、観光しなくても、ただ街を歩いているだけで楽しい。

海外のマラソン大会もはじめてだったが、ロッテルダムという街もはじめてである。街に着き、ホテルにチェックインして外に出るやいなや、居心地のいいところだとすぐさま思った。天気がよくて、寒くも暑くもなく、何より街の空気がのんびりゆったりしているのがいい。カフェのテラス席では平日の昼間だというのに多くの人がビールを飲んでいる。

ふだんの旅だと、それなりにガイドブックを読み込んで、行きたい場所を選び、地図を片手に観光するのだが、今回の目的はマラソン。観光で歩き回れば脚が疲れて大会に差し支えるだろうと思い、ガイドブックを見ることもなく、ただホテル周辺を散策した。

歩かないように、疲れないように、と少々神経質になっているのだが、それでもつい、歩いているだけで楽しくなってしまう。こぢんまりとした街で、街のあちこちに不思議な形のビルがある。観光用の街というより、暮らしの似合う街である。

なぜか唐突に、「ロッテルダムへ遠乗りしよう」という歌が思い浮かび、思い浮かぶとそれが頭の中をループして離れない。子どものころに見ていたアニメ、『あらいぐまラスカル』の主題歌である。しかしそのアニメの原作は、アメリカの小説だったはず。アメリカからオランダまで、子どもがあらいぐまといっしょに行くなんて、遠乗りとはいえ遠すぎやしないか? 可能なのか? と考えながらも、主題歌の、覚えている部分を口ずさみながら歩いた。

ゼッケンの受け渡し場にて、大勢のランナーたちによる決意表明。私も「完走」と書いた気がします。

大会当日のスタート前は、前方でロックの生演奏があり、並んだランナーたちが全員大声でそれにあわせて歌うのが感動的だった。中心街から出発するコースは、繁華街を抜け住宅街を走り、後半は広大な公園に沿って走る、アップダウンの少ない道だ。道の両側には街の人たちが並び、声援を送る。ゼッケンに名前が書かれているので、それを見て、「ミツヨ!」と多くの人が声を掛けてくれ、その瞬間だけつらさも吹き飛び、スピードもほんの少し速まる。

ゴールを祝ってくれるバナナマン。女性ランナーはバラの花をもらえます。

じつに気持ちのいいコースで、私のタイムも通常よりずっとよかった。このときは意識しなかったけれど、観光の旅とはまるで違うランの旅に私は魅了されてしまったようである。何より、見たことのない景色に目を奪われることで、マラソンのつらさが(微々たるものにせよ)軽減されるのがすばらしい。こうして以後、私のなかに、旅+ランというカテゴリーがあらたにできてしまったのである。

ところで、帰国してから『あらいぐまラスカル』の主題歌を調べてみたら、遠乗り先はロッテルダムではなくてロックリバーだった。「ロッ」の二文字しか合っていなかった。

昼間はランコースだった街も、夜にはすっかり日常の姿に。もちろん夜更けまで飲みました(写真はすべて2014年4月撮影)。

文・写真/角田光代(かくた・みつよ)
昭和42年、神奈川県生まれ。作家。平成2年、『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。近著に『私はあなたの記憶の中に』(小学館刊)など。

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