取材・文/田中昭三 撮影/中田 昭
京都の中心部「洛中」の周辺に広がる「洛外」は、古くから景勝地として愛されてきた。今回は洛外に位置する「北山」の隠れた名所を、その地で6代にわたって高級建築用材の北山丸太の販売を手がけている中田明さん(中田林業代表・67歳)に案内いただこう。
京都市北部の北山一帯は、「北山丸太」の産地。北山杉の皮をむき、きれいに磨き上げた高級建築用材だ。その地で6代にわたって、北山丸太の育成から販売までを手がけている中田明さんを訪ねた。
「天然の木肌の表情、これが北山丸太の特徴です。一種の突然変異で、先人たちは山の中でそんな杉を見つけ、挿し木をして少しずつ増やしてきたのです」(中田さん)
伐採するまで35年前後、手塩にかけて育てる。室町時代から受け継がれ、その結果、自然と人工による山の芸術的景観が生まれたのである。
「北山の美しさを知るなら宗蓮寺」と中田さんが教えてくれた。
寺の前には、盆栽のような樹木が伸びている。1本の台木から何本もの幹が生長する「台杉」であ
る。樹齢500年の老木という。
宗蓮寺前に林立する台杉。台杉の北山杉は、建築用途以外に、工業デザイナーとの共同作業でベンチや椅子にも応用される。(撮影:中田昭)住職の正路真匡さん(80歳)に招かれて書院に坐った。住職が障子を開けると、思わず息を呑んだ。目の前に広がる北山の秀景。秋には楓の赤と北山杉の緑が、日本画以上に日本的な絶景と化す。外国から再訪を重ねる人も少なくない。
この景観ができるまで40年以上を要した。住職を中心に庭や山の手入れを続けてきたのである。
【宗蓮寺】
京都市北区中川北山町214
電話:075・406・2701
拝観時間10時~16時(要事前連絡)
拝観料:志納
交通:JR京都駅よりJRバス周山行き約60分、山城中川下車、徒歩約10分
■洛外の山間にひっそりと立つふたつの古社
北山杉に携わる人たちの長年にわたるたゆまぬ努力。その上に成り立っている絶景に心動かされると、さらに北山丸太のことを詳しく知りたくなるだろう。
そこで立ち寄るべきは、「京都北山杉の里総合センター」だ。施設全体が北山杉による建築。玄関を入ると、さまざまな北山丸太が展示されている。
「天然出絞丸太」は、木肌に「絞り」というこぶ状や波状の凹凸ができたもの。最高級品のひとつで、主に茶室や数寄屋建築の床柱として使われる。
北山丸太は住宅の洋風化で、近年、需要がかなり落ち込んではいる。しかし、中田さんは違った視点を持ち、こう提案する。
「床の間や床柱の復権を願っていますが、北山丸太の優雅な光沢は、現代建築にも用途が広いはずです。
この総合センターは、新しい作例の展示場でもあるのです。ここで新しい可能性のヒントをつかんでいただければ嬉しいです」
館内を歩いていると木の香りが心地よく、洛外の山の中にいることをすっかり忘れてしまう。
【京都北山杉の里総合センター】
京都市北区中川川かわ登のぼり74
電話:075・406・2212
入館時間:9時~17時
休館日:土・日・祝、年末年始12月29日~1月4日、お盆期間8月13日~16日
入館無料
交通:JR京都駅よりJRバス周山行き、北山生協前下車すぐ
■古社に輝く黄金色の銀杏
京都北山杉の里総合センターから北へ約2km、小野郷の里に小さな岩戸落葉神社がある。
11月後半になると、境内の4本の銀杏が黄金色に輝く。銀杏は微妙に黄葉の時期をずらし、それだけ長く晩秋の移ろいを楽しむことができる。
境内の奥には、岩戸社と落葉社のふたつの社殿が立つ。岩戸社は小野上村の氏神、落葉社は小野下村の氏神で、中世の頃ここに統合されたという。
落葉社という名称は、ある資料によれば、この付近に堕川神社という古社があり、落葉はその転訛ではないかといわれている。
例年1日だけ、銀杏がライトアップされる。闇に浮かぶ銀杏はますます神々しく、太古の昔へさそってくれる(今年は11月19日)。
地元の人たちによるぜんざい、大根炊き、おにぎりなどの店も出て、結構な賑わいだという。機会を合わせて、ぜひ訪れてみたい。
旅の終わりに中田さんの案内で草もち屋『北山の里』へ寄った。浮世絵に登場しそうな昔ながらの店構え。地元のよもぎを使った、名物の草もちを賞味できる。口にすると、よもぎの香りが口内に広がり、疲れがすっと抜けていった。ここまで足を延ばしてよかったと、しみじみ思えることだろう。
【岩戸落葉神社】
京都市北区小野下ノ町170
連絡先:電話075・406・2004(京都北区役所小野郷出張所)
境内自由
交通:JR京都駅よりJRバス周山行き、小野郷下車、徒歩約3分
宗蓮寺へはJR京都駅からJRバス周山行きで約60分、山城中川下車、徒歩約10分。帰りはバスの便数が少ないので、中心部からタクシーを貸切利用するのが便利。
※この記事は『サライ』本誌2016年10月号より転載しました。(取材・文/田中昭三 撮影/中田 昭)