ヌクヒバ島タイオハエ湾。

画家ゴーギャンの終焉の地として知られるタヒチのマルケサス諸島。2024年に世界遺産になったばかりの、神秘の離島群を訪ねる。

ヒバオア島の母娘の石の神像(ティキ)。伝統文化の遺跡が数多く残るのも世界遺産登録の要因。
タヒチを象徴する「ティアレ」の花を挿す少女。
マルケサス諸島はマンゴーだけで約80種類が自生する果物の宝庫だ。

ヒバオア島
ゴーギャン最後の日々を巡る

『女たちと白馬』に描かれている、アツオナ村の丘の上に立つカトリック教会にあるゴーギャンの墓。墓には彼の作品『オヴィリ(野蛮人)』像の複製が立つ。

ゴーギャンの墓と記念館を訪ねる

南太平洋の楽園、フランス領ポリネシア。その中心のリゾート、タヒチ島から北東へ更に約1500kmのマルケサス諸島は、2024年、世界自然文化複合遺産に登録された。火山島の独特な景観と数多くの動植物固有種という「自然」と、ポリネシア文化の歴史と伝統を持つ「文化」の価値が認められたのである。

後期印象派の画家であり、タヒチ滞在中の野性的作品で知られるポール・ゴーギャン(1848〜1903)が、最晩年に暮らしたのがヒバオア島だ。タヒチの自然と精神世界や神話に触発されたゴーギャンは、自身の内面から湧き出る野性的で霊的な作品を描き、西洋絵画の世界に衝撃を与えた。

ゴーギャンが暮らしたアツオナ村の『ゴーギャン記念館』を先ずは訪ねた。作品(レプリカ)が並ぶ展示室と、自宅兼ギャラリーの「歓びの家」が復元され、その芸術生活を偲ぶことができる。近くにゴーギャンの墓があり、彼の芸術を愛する人々が訪れている。

アツオナ村の『ゴーギャン記念館』。ゴーギャンはカトリック教会やフランスの支配で文明化が進むタヒチ島に絶望し、1901年、マルケサスに移り、その大自然と人々、文化に触発された作品を描いた。

亡くなる直前に描いた作品『女たちと白馬』には、白い服の女性と白馬が描かれ、丘の上には白い十字架の立つ墓地が見える。白は死と聖性を連想させる色で、彼の遺言のような作品だ。しかし、ゴーギャンはカトリック教会の文化的な支配に反抗的な態度をとっていたため、彼が望んだ教会に埋葬は許されず、遺骨が現在の墓地に現地の人々の手で移されたのは、1981年、死後78年のことだった。

ゴーギャンが亡くなる直前に描いた作品『女たちと白馬』(1903)のレプリカ(原画はボストン美術館蔵)。絵の上方に、白い十字架の立つカトリック教会と墓地が描かれている。
南米から運ばれてきた馬は、自動車が導入される前は唯一の交通手段だった。馬たちは島内で放し飼いにされ、島民は子どもの頃から家族のように育ち、乗りこなす。ゴーギャンも馬の絵を数多く描いた。

マルケサスにはアニミズム的な自然信仰があり、山や岩、森などに「マナ」と呼ばれる精霊が宿るとされ、日本古来の精霊信仰にも類似する。聖域には「ティキ」という石の神像が祀られている。「タタウ」(タトゥーの原語、刺青)は、部族の神話、職業や業績など、その人自身の《物語》が身体全体に描かれていく伝統芸術だ。

プアマウ村にある『リポナ遺跡』には様々なティキが祀られている。上写真にあるの母娘のティキもここにある。
アツオナ村近くの「スマイリング・ティキ」(笑うティキ)。笑っているように見えるのは、唇の周りのタタウのため。右はガイドのハウマタさん。

忘れてならないのは、ゴーギャンも描いた白い花、タヒチの国花でもある「ティアレ」(現地語で「花」)の風習だ。男性はつぼみを、女性は開花した花を耳の後ろに飾る。右耳は未婚、左耳に飾ると既婚を意味する。島々のそこここにティアレが咲き、甘い香りが満ちている。《ティアレの香りをかいだ者は、必ずこの島に戻ってくる》とゴーギャンは記している。

島の至る所に自生する「ティアレ」。クチナシの一種で正式名は「ティアレ・タヒチ(タヒチ原産)」。旅人にはティアレで編んだレイ(首飾り)を贈るのもタヒチの伝統文化だ。

ヌクヒバ島
ポリネシアの自然と文化に触れる

ハティヘウ村の近くにある『カムイヘイ遺跡』の中には、樹齢600年以上というバニヤンツリーの聖なる大木が立ち、その気根の中からは埋葬された多くの人骨が発見された。
『カムイヘイ遺跡』は最も重要な遺跡のひとつで、ティキ、メアエ(祭祀場)などが残る。神殿は「タプ」(タブーの原語で禁忌)を意味する赤い色。

巨大な神木の立つ聖地で感じる「マナ」のパワー

かつてマルケサスの中心だったヌクヒバ島では、雄大な自然景観と豊かな伝統文化に触れられる。ホテルのあるタイオハエ村から車で1時間でタイピバイ渓谷に着いた。湾に臨むカフェ『ヴィラビュー』からは、峻険な山々が連続する絶景が楽しめる。

タイピバイ渓谷近くから眺めた急峻な山々の絶景。海底火山の噴火で作られたマルケサス諸島では、火山の外輪山が尖塔と絶壁が連なるような山景を形作り、カルデラの跡がタイオハエ湾のような半円形の湾を作った。まさに原始の自然風景。

さらに車で1時間、巨大なバニヤンツリーの神木が立つ、最大の聖地『カムイヘイ遺跡』に着く。舞踊や音楽を神々に奉納する『トフア』(石の広場)を中心に、ティキやペトログリフ(岩面彫刻)が並び、「マナ」が満ちているのを感じる。 

最盛期、マルケサスには推定10万人の人々が住んでいた。しかし西洋人による伝統文化や生活様式の破壊、様々な病気(天然痘、梅毒など)の蔓延などで激減し20世紀初頭には2000人ほどになっていた(現在は約1万人に回復)。

タタウのインクを取る「キャンドルナッツ」の実。搾って黒いインクを作り、ココナッツオイルと混ぜ温めて染み込ませることで肌を染める。タタウは単なるデザインではなく、それぞれが大切な意味を表す。
地元レストランのとれたての魚介料理。左から「魚と小エビの唐揚げ」「魚の唐揚げココナッツカレー味」。

20世紀後期、伝統文化も再興し「マルケサス諸島芸術文化祭」という伝統舞踊や歌の文化祭が、2年に一度、マルケサス諸島の6つの有人島で持ち回りで開催されている。この文化祭を見に行くのも素晴らしい旅になるだろう。

ゴーギャンの自伝的随筆のタイトルとしても有名な「ノアノア」とは「芳しい香り」を意味する。マルケサスでは、そこここに咲いているティアレなどの花々の香り、海風の香り、森の香り、マンゴーや柑橘類などの香り、それらが渾然一体となって「ノアノア」(大自然の芳しい香り)が満ちている。耳には、遠く響く波の音、鳥たちのさえずり、馬のいななき、樹々を揺らす風の音が聞こえ、大自然と共に生かされていると実感する。

聖地で祈りを捧げていたガイドのハウマタさんが静かにつぶやいた——「自然はそのままで豊かで美しい。それを破壊し醜くするのは人間だけなのです」

芥川龍之介はゴーギャンの絵を見て「野性の呼び声」を感じたという。「野性の呼び声」は外からではなく、自身の中から聞こえてくるのだ——マルケサスへの旅は、あなたの内なる「野性の呼び声」を、きっと呼び覚ましてくれるはずだ。

※参考資料/『ノアノア』(ポール・ゴーギャン著)、『文芸的な、余りに文芸的な』(芥川龍之介著)

ホテル紹介1 タヒチ島「テ モアナ タヒチ リゾート」

インフィニティ・プールとプールバーの夕景。右奥には、映画『南太平洋』の楽園「バリハイ」のモデルとなったモーレア島が望める。

空港からも至近の高級リゾートホテル

タヒチ島で一番大きな水平線に連なるインフィニティ・プールを備え、プールバーもあるので、モーレア島を望むラグーンに沈むサンセットを眺めながら、カクテルや軽食を楽しむことができる。 夜はライトアップされるレストランで、タヒチの海産物を使ったフレンチ・ポリネシアン料理が味わえる。トリートメント完備のスパ、フィットネス施設もある。

パペーテの空港にも市内にも車で約10分なので、朝早い成田への帰国便やマルケサス諸島などへのタヒチ国内便へのトランジットの際も便利だ。

https://www.temoanatahitiresort.pf 電話:+689・40473100(国際電話タヒチ)

全室キッチン付きで、ゆったりと快適な客室。海側の部屋からはラグーンとモーレア島の美しい景色が堪能できる。特にサンセットは素晴らしい。

ホテル紹介2 ヌクヒバ島「ル ヌクヒバ バイ パールリゾーツ」

夕陽に赤く映えるタイオハエ湾を眺めながら、フレンチ・ポリネシアン料理が楽しめる。

ルレ・エ・シャトー加盟の美食の絶景リゾートホテル

タイオハエ村と湾の絶景を望める丘の上に建てられた、ヌクヒバ島唯一の高級リゾートホテル。客室は、全室バンガロー・タイプで、緑豊かなトロピカルガーデンに立ち並び、自然と美しく調和している。美食のスモールラグジュアリーホテルが集まる「ルレ・エ・シャトー」のメンバーで、地元食材を使ったレストランでの朝昼夜食も美味。

奥は「マグロのタルタル、刺し身、ポワソン・クリュ(ココナッツミルクとライムのマリネ)」、手前は「野生の山羊肉のココナッツミルク・カレー、地元野菜添え」。

ホテル発着の送迎車付きガイド付きツアーが予約でき、遺跡観光やトレッキングなど様々なアクティビティも楽しめる。

https://www.lenukuhiva.com/en/ 電話:+689 920710(国際電話タヒチ)

客室はシャワー浴室とベイビューのバルコニー付き。

ホテル紹介3 ヒバオア島「ヒバオア ハナケエ ロッジ」

レストランに隣接するプールからは、雲が山頂を覆うテメティウ山(写真右方)を望む。魚や野生の鶏、山羊などの地元食材を使った朝昼夜の料理や、頼めばホテル内に実る果物をその場で採り楽しめる。

マクロン仏大統領も訪れた絶景リゾート

フランスのマクロン大統領も滞在したという、アツオナ村を見下ろし、島の最高峰で標高約1200mのテメティウ山を望む丘の上に建てられた、絶景リゾート。ヒバオア島唯一の三ツ星ホテル。

アツオナ村には、ゴーギャンのほかにも、シャンソン歌手・作詞作曲家・俳優・映画監督として知られるジャック・ブレルも晩年を過ごし、その墓地と愛機を保存した記念館がある。

ホテル発着の送迎車付きガイド付きツアーで、アツオナ村への観光や遺跡巡り、ハイキングなどのアクティビティも予約できる。

http://www.hotelhanakee.com 電話:+689・40927587(国際電話タヒチ)

全室バンガロー・タイプの客室はシャワー浴室とサンデッキ付き。マルケサス諸島の民家風のインテリアが楽しい。

夢のクルーズ紹介1 「ル ポール ゴーギャン」

パペーテ発着のマルケサス諸島周遊航路は14泊15日。

全室オーシャンビュー南太平洋の絶景を堪能

ポリネシアの海を航海するために建造された喫水が浅い客船なので、環礁や離島に接近できる。客室はほとんどがバルコニー付きで、バスルーム(バスタブまたはシャワー)、ミニバーなどを完備。ミシュラン二ツ星獲得のシェフが監修するダイニング、スパ、広々としたデッキや屋外プール、ポリネシアンダンスなどのエンターテイメント、各種アクティビティを楽しめるラグジュアリーな客船だ。2021年の改装で、シックでモダンなデザインにポリネシアのテイストが融合された。

●問い合わせ先:ポナン日本支社 メール宛先:reservations.jpn@ponant.com https://www.ponant.jp

夢のクルーズ紹介2 「アラヌイ クルーズ」

パペーテ発着のマルケサス諸島周遊航路は11泊12日間。

マルケサス諸島有人島6島を周遊する貨客船

「アラヌイ」とはタヒチ語で「大きな道」の意。マルケサス諸島で人が住む全6島を巡るのはアラヌイだけ。空港やホテルもない秘境の島も、楽々周れる。充実した観光は島を結んで60年の船会社ならではだ。港での生活物資の積み下ろしや、人々のリアルな生活を見聞できるのも嬉しい。船後部の客船部は快適でプールもある。往復路には、世界最多で約80もの環礁からなるツアモツ諸島のファカラバ島とランギロア島、ソシエテ諸島の「太平洋の真珠」ボラボラ島にも寄港する。

●問い合わせ先:オーシャンドリーム 電話:042・768・7203(平日10時〜18 時) メール宛先:cruise@oceandream.net

タヒチへの空の旅は「エア タヒチ ヌイ」で

機材はボーイング787-9型機、通称「タヒチアン・ドリームライナー」。尾翼にエア タヒチ ヌイのロゴマーク「ティアレ」の花が描かれている。

日本からマルケサス諸島へは、タヒチの航空会社エア タヒチ ヌイが、直行便を週に2往復、成田からタヒチ島のパペーテ間を以下のスケジュールで運航している(時間は現地時刻)。
●成田(20時00分)発~タヒチ(11時45分)着、火・金曜運航
●タヒチ(9時20分)発~成田(翌16時05分)着、月・木曜運航
※2025年度夏期スケジュール

「ポエラヴァ ビジネスクラス」は、座席幅約53cm、シートピッチ約152cm、180度のフルフラットシートで、ゆったりと快適な空の旅が楽しめる。

料理はタヒチの食材や郷土色豊かなフレンチ・ポリネシアン料理。日本線にはメインでアジアン・ディッシュも用意。タヒチ産のビール、ラム酒などと共にクオリティの高い食事が楽しめる。日本線の機内には日本人CAが乗務しているので安心だ。

※5月31日まで、エア タヒチ ヌイ公式X のフォロー&リツイートでタヒチ航空券が3名様に当たるキャンペーン実施中 https://jp.airtahitinui.com/news/event/x-campaign

問い合わせ先:エア タヒチ ヌイ・コールセンター 電話:03・6228・5605(月~金曜 9時30分〜17時30分 ※土・日・祝日除く)

フランス領ポリネシアマルケサス諸島へのモデルコース

ポリネシアは、タヒチを中心にハワイ諸島、イースター島、ニュージーランドへと広がる文化圏。約4000年前に台湾島周辺から太平洋に乗り出した人々が約2000年前にマルケサス諸島に辿り着き、その後、各地に広がったとされる。優れた航海カヌー技術で互いに行き来をしていた。
ヒバオア島、ヌクヒバ島とも広さ約300平方km強(東京23区の半分程度)で、人口はいずれも3000人前後。2島とも最高峰は1200m以上あり、道も険しく、観光や移動は送迎車付きガイドツアー(英語)が安心だ。

日本からタヒチは約9000km、タヒチからマルケサスも約1500km離れている。最短モデル・コース=8日間(現地6泊・機中1泊)の参考日程は以下になる。

●成田〜(エア タヒチ ヌイ直行便)〜タヒチ島パペーテ(タヒチ島に1泊)

●タヒチ島パペーテ〜ヒバオア島(ヒバオア島に2泊)

●ヒバオア島〜ヌクヒバ島(ヌクヒバ島に2泊)

●ヌクヒバ島〜タヒチ島パペーテ(タヒチ島に1泊)

●タヒチ島パペーテ〜(エア タヒチ ヌイ直行便)〜成田(※タヒチ国内線は別会社が運営)

成田を火曜日に出発した場合は翌週の火曜日に成田到着、金曜日に出発した場合は翌週の金曜日に成田到着となる。復路便を延ばせば現地での宿泊日数は増やせる。

タヒチのお土産品

右からランギロア島産の白ワイン、モーレア島産のパイナップル・ワイン、タハア島産のサトウキビが原料のラム酒。
右から虫除け用の「タマヌオイル」(虫除け剤は必需品)、ココナッツオイルを原料とするタヒチ特産の「モノイオイル」は肌や髪に使う、マルケサス諸島産の蜂蜜。

世界複合遺産「マルケサス諸島」の基礎知識

タヒチの考古学者アナタウアリイ・タマリイ氏。マルケサス諸島の遺跡を現地で数年にわたり探査研究し、世界遺産登録に大きく貢献した。

マルケサス諸島の正式名称は「テ・ヘヌア・エナタ」(現地語で「人間の大地」の意)。12 の火山島群で、最も近い大陸まで5000km以上という世界でも最も孤立した島群だ。考古学者タマリイ氏はこう解説する。

「マルケサス諸島は文化的および自然的な重要性から世界遺産に登録されました。文化的には多くのポリネシア文化の考古遺跡が残り、タタウや舞踊、木彫りなどの伝統芸術が今も生きています。自然的にはゴーギャンのような世界的芸術家にインスピレーションを与えた壮大な景観と、特有の植物や動物が独自に進化し多くの固有種を持つことです」

 

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