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文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)

JR芸備線は、広島市と岡山県新見市とを結ぶ延長159㎞の長い路線だ。このため広島近郊は快速列車も走る都市型の通勤通学路線だが、中国山地の山間部まで来ると、すっかりとローカル風情漂うのどかな区間になる。

今回訪ねた野馳駅は、そんな広島側から見て岡山県に入った最初の駅だ。

初冬の朝、広島県の東城駅から野馳駅まで、1両編成のディーゼル気動車に乗った。この区間の運行は1日5.5往復で、私が乗った9時14分到着の列車から、次の列車までは6時間以上の空白があった。

数人いた車内の乗客からは、「どうしてこんな駅で降りるの?」といった視線を感じた。

(ちなみに東城駅から逆方向の備後落合駅間は、1日わずか3往復という鉄道としては末期的なダイヤになっている。)

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気をとりなおして野馳駅を見る。おそらく以前は列車交換設備があったことを思わせる広々とした構内だが、今は片面ホームだけだ。

この路線が開通した昭和5年に建てられた木造駅舎は今も健在で、屋根にもうっすらと雪を載せていた。

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そんな野馳駅は、立ち姿が実に素晴らしかった。駅頭にはよく手入れされたカイズカイブキが茂り、風雪を経てすっかり地肌が出た板壁が簡素な駅舎に古武士のような風格を与えていた。

駅業務を委託されている駅前のタクシー会社に聞くと、「昭和47年以前には国鉄職員が大勢いました」という。委託とはいえ駅員がいるので、構内もよく手入れされ、集札口から見ると今も駅長がいるような事務室が見えた。

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駅の周囲は穏やかな水田地帯で、駅を慕うように小さな集落ができている。ちょうど駅前を横切るように備中と備後を結ぶ吹屋街道が通り、小さいながらもかつては宿場町だったという。

明治40年には、東京から故郷宮崎に戻る若山牧水がこの街道を歩き、野馳駅から約1㎞西にある県境の二本松峠の茶店で「幾山河 越えさりゆかば寂しさの 果てなむ国ぞ けふも旅行く」の名歌を残した。

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かつては「人馬の往来はげしく」(駅前の看板)という峠道も、昭和5年の芸備線開通で衰退したというが、そんな芸備線も、今では並行する国道や中国自動車道によって乗客を奪われてしまった。

現在、芸備線には全線通して走る列車はなく、鉄道旅行するにはハードルの高い路線だ。その分、山里の沿線風景は素晴らしく各所に忘れられたような古い駅舎があって興味が尽きない。うかつに下車すると大変なことになる列車ダイヤではあるが、それもまた旅情をくすぐるというものだ。

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【野馳駅(JR西日本芸備線)】
ホーム:1面1線
所在地:岡山県新見市哲西町畑木
駅開業年月日:1930年(昭和5)
アクセス:岡山駅から伯備線新見経由で約1時間30分

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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