文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)
スコットランド在住ライターでウイスキー愛好家の筆者が、公共交通機関で簡単に訪問できるうえに、興味深いストーリーがあるという、素晴らしいスコッチウイスキー蒸溜所を紹介するシリーズ第4弾。
今回は、筆者が居を構えるハイランド地方の主要都市インヴァネスの中心部に2023年2月にオープンした“ブルスティルリー”(醸造所兼蒸溜所)、ウーラヴェイシュト(Uilebheist)にスポットライトを当てる。
スコットランド北部のハブ
人口約8万2000人のインヴァネスは、スコットランド・ハイランド地方の主要都市。風光明媚なスコットランド北部を旅行する際のハブとなる都市で、「ネッシー」のニックネームで世界的に有名な未確認生物が生息するとされているネス湖も、市内から車で15分程度の距離にある(ただしネス湖は全長が37キロメートル近くあり、南西端へは1時間程度かかる)。
そんなインヴァネスへは、エディンバラ・ウェイヴァリー(Waverley)駅からも、グラスゴー・クイーンストリート(Queen Street)駅からも、列車で乗り換えなしなら約3時間半。大人の片道料金は、時間帯や列車の種類にもよるが、普通車なら28英ポンド(約5600円)から60英ポンド(約1万2000円)ぐらいだ。
市内中心部という好立地
独立系ホテル経営者のジョン&ヴィクトリア・エラスムス夫妻が、750万英ポンド(約15億円)という巨額を投じ、101室の客室を擁するグレン・モー(Glen Mhor)ホテルの敷地内に築き上げたウーラヴェイシュト・ビール醸造所兼ウイスキー蒸溜所は、インヴァネス中心部を流れるネス川のほとりにある。インヴァネス駅から極めて近く、徒歩で10分もあればたどり着くという抜群のアクセスの良さ。
インヴァネス市内にはかつて、ビール醸造所やウイスキー蒸溜所が数軒あったのだが、1980年代までにことごとく閉鎖された。エラスムス夫妻は、そのインヴァネスにビールとウイスキー造りを復活させたのだ。市内にウイスキー蒸溜所が新設されたのは、実に130年ぶりのことだという。
まるでグラフィックノベルの世界
「ウーラヴェイシュト(Uilebheist)」とは、スコットランドのケルト系先住民の言語ゲール語で怪物・妖怪を意味する。これは、スコットランドの伝説の生物たちへのオマージュなのだそうだ。
中に足を踏み入れると、そこは製造現場直結のバー。壁には伝説の生物たちが躍動感あふれるディテールと濃厚なカラーで描かれており、グラフィックノベルの世界に迷い込んだような錯覚を覚える。
ゾクゾクするようなこれらのアートワークは、メタリカやレッドツェッペリンなどのアルバムジャケットを手掛けたオーストラリア人イラストレーター、ケン・テイラーによるもの。ブルスティルリーの中だけでなく、公式ホームページや商品ラベルにもふんだんに使われている。
模範的な低炭素酒造施設
エラスムス夫妻は、「質の高いクラフトビールとウイスキーを環境に配慮した方法で造る」という大志を20年以上前から抱いていた。それを具現化するウーラヴェイシュトは、オペレーションのオール電化をはじめとする数々の取り組みにより、模範的な低炭素酒造施設と評されている。
例えば、ビールとウイスキーの製造に欠かせない熱源は、化石燃料で稼働するボイラーで発生させた蒸気が一般的だが、ここでは高効率の電気ボイラーとコイルヒーターが使われている。
そして、太陽光パネル、水源式ヒートポンプ、紫外線浄水器からなるクリーンエネルギーソリューションで、酒造現場のみならず、隣接する同社経営ホテルの電力、暖房と給湯、飲料水をまかなっている。屋根に設置された太陽光パネルで使用電力のすべてをカバーすることはできないが、不足分は再生可能エネルギー由来の電力供給元から購入しているという。
さらに、主原料のモルト(大麦を発芽させた麦芽)は100%地元産。同じインヴァネス市内にある大手モルティング(製麦)業者の工場から仕入れているため、原料の輸送に伴う炭素排出量も低く抑えることができるのだ。
カスタム仕様の酒造設備
ぴっかぴかの酒造設備は、ドイツの名高い酒造設備メーカー、カスパー・シュルツ社製で、ウーラヴェイシュトのために設計されたカスタム仕様。
日本でいう2階の向かって右側にモルトミル(麦芽粉砕機)と、銅製のマッシュタン(糖化槽)、ラウタータン(麦汁と穀物を分離する槽)、ワールプール(ホップかすとビールを分離する装置)からなるブルーハウス(醸造設備)があり、ウイスキー蒸溜設備はその左側にある。モルトミルとブルーハウスはビールとウイスキーの両方の製造に使われる。
ウイスキーにはアルコール生産能力の高いウイスキー酵母を使うのが一般的だが、ここでは異なる菌株の交差汚染を避けるため、ビールにもウイスキーにもビール酵母を使用している。ビール酵母はウイスキー造りにも適しているが、逆にウイスキー酵母では好ましい風味のビールは造れないそうだ。
下の階には、温水タンク、冷水タンク、熱交換器やステンレス製のウォッシュバック(発酵槽)、ビールの発酵タンクや最終調整タンクがある。
情熱あふれる若手チーム
これら最新鋭の酒造設備を駆使して素晴らしいクラフトビールとウイスキーを造り出しているのは、醸造主任のルーカス・プレッツァー氏(27)と蒸溜主任のアンドリュー・シーラー氏(29)。どちらも30手前の若い造り手だ。
ドイツ屈指の古都バンベルク出身のプレッツァー氏は、ビールの本場で培ったノウハウを活用し、複雑で繊細な味わいと飲みやすさの絶妙なバランスを追求したクラフトビール造りを展開している。
一方、醸造・蒸溜学で名高いエディンバラのヘリオット・ワット大学で修士号を取得したスコットランド人のシーラー氏は、伝統的なスコッチウイスキーの製造法にちょっとしたモダンなひねりを加えたシングルモルトウイスキーを造り出している。彼のウイスキーはまだ最低3年の法定熟成期間を満たしていないため味わうことはできないが、ニューメイク(熟成前の原液)の質からして、素晴らしいものとなることが期待される。
他の蒸溜所の試飲会も開催
所要時間1時間15分の見学ツアーでは、ウーラヴェイシュトの持続可能性を追求したビールとウイスキー造りの現場を見学したあと、クラフトラガービール、彼ら独自のブレンデッドウイスキー、そしてニューメイクを試飲できる。料金は1人(12歳以上)33英ポンド(約6600円)。
製造現場直結のバーは、見学ツアーに参加しなくても気軽に利用できるので、現在5種類あるクラフトビールを飲み比べてみたり(飲み比べセットあり)、スコッチウイスキーの印象的な品揃えの中から新しいお気に入りを見つけるのもいいだろう。
週末には、多彩なジャンルの音楽の生演奏やDJがムードを盛り上げてくれる。ブルスティルリー内に厨房はないが、隣接ホテルのレストランからの軽食をバーで注文して食べることもできる。
さらにウーラヴェイシュトでは、他の蒸溜所のウイスキーやジンの試飲会などのイベントも定期的に開催している。遠隔地にある蒸溜所にとって、ハイランド地方の主要都市インヴァネスの中心部にあってアクセス良好なウーラヴェイシュトは、理想的なプロモーションの場だ。競合の枠を超えた、この助け合いの精神がなんとも素晴らしい。
百聞は一見に如かず。スコットランド旅行をお考えの方に、ぜひともお勧めしたい。
ウーラヴェイシュトのホームページ:https://www.uilebheist.com/
スコットレイル(列車運行会社)ホームベージ:https://www.scotrail.co.uk/
文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
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【公共交通機関で簡単に行けるスコッチウイスキー蒸溜所探訪記】
(1)エディンバラ:実験的なウイスキー造りを進める縦40メートルの高層蒸溜所 https://serai.jp/tour/1199641
(2)グラスゴー:歴史とモダニズムが融合したクライドサイド蒸溜所 https://serai.jp/tour/1201906
(3)アンガス地方:原料も製造工程もとびきりグリーンなアービキー蒸溜所 https://serai.jp/tour/1205571