文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

50の無人島を含む約70の島々で構成されるスコットランド北部のオークニー諸島は、筆者が以前紹介した新石器時代の石造集落遺跡スカラブレイ(https://serai.jp/tour/1105033)をはじめ、メイズハウ羨道墳(せんどうふん)や神秘的なストーンサークルのストーンズ・オブ・ステネス、リング・オブ・ブロッガーなど、古(いにしえ)の時代へタイムスリップさせてくれるような文化史跡が点在することで有名だ。

このオークニー諸島に、非常に人気の高い観光スポットになっている20世紀の建造物がある。それは、メインランド島南端の対岸に浮かぶ40ヘクタールの小さな無人島、ラムホルム島にぽつんと建つイタリア礼拝堂(Italian Chapel)である。

イタリア礼拝堂。

この礼拝堂は、第2次世界大戦末期にイタリア人捕虜たちによって建てられたものなのだが、その背景にはイタリア人捕虜たちと地元民との感動的な友愛の物語がある。

収容所60

メインランド島、ホイ島、バレイ島、サウスロナルドセー島に囲まれたスカパフロー入江は天然の良港で、2つの世界大戦中は英国海軍の重要な拠点であったが、1939年10月14日に英国戦艦ロイヤルオークがスカパフローに侵入したドイツ軍のUボートにより撃沈されるという大事件が起きた。

これを受けて当時の海軍大臣ウィンストン・チャーチルは、メインランド島、バレイ島とサウスロナルドセー島を結ぶ堤防(チャーチルバリア)の建設を命じ、その作業に北アフリカ戦線で捕虜となったイタリア軍の兵士たちが割り当てられた。彼らの半数はラムホルム島に設けられた収容所60(Camp 60)に送り込まれた。

今は土手道となっているチャーチルバリアの一部。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Churchill-Barrier-2.jpg

当初この収容所は13個ほどの簡易兵舎があるだけだったが、イタリア人捕虜たちは花壇を作ったり、コンクリートで作り上げたビリヤード台を設置した娯楽室や小さな劇場を設け、ちょっとしたコミュニティを築き上げていたという。

だが、敬虔なキリスト教徒が多いイタリア人捕虜たちにとって、ここには心のよりどころとなる極めて重要なものが欠けていた。それは祈りの場である。彼らの願いを聞き入れた英国戦争省は礼拝堂の建設を許可し、1943年にその建設が始まった。

かまぼこ型兵舎の礼拝堂

この礼拝堂は、ニッセン小屋と呼ばれるかまぼこ型の簡易兵舎2個を縦につなげて作られている。小さな鐘を吊るした鐘塔を中央に戴き、両端にゴシック様式の小尖塔をあしらった美しいファッサードが入口に構えているため、正面から見るとこれがかまぼこ型兵舎だったとは想像もつかない。

可憐なファサード。

その建設に携わったのは、捕虜の中から抜擢された鍛冶職人や左官職人、電気技師など。そして優れた画才の持ち主であった教会内装職人のドメニコ・キオケッティがまとめ役となった。

イタリア礼拝堂の建設に携わった収容所60のイタリア人捕虜たち。
後列左端がドメニコ・キオケッティ。
写真提供:Chapel Preservation Committee/John Muir

その内部は、聖母子像や天使像、レンガやタイルを模した壁画で美しく装飾されている。これらはドメニコ・キオケッティの手によるもの。祭壇の聖母子像は、キオケッティが軍に入隊して戦線に送られることになったとき、母親が彼に持たせた祈りのカードの聖母子像をモデルにしたものだそうだ。

美しい内装。
祭壇の聖母子像。
祭壇エリアの天井に描かれた白い鳩は聖霊の象徴。

密かな愛のメッセージ

祭壇と会衆席を分ける錬鉄製の柵を製作したのは、鍛冶職人だったジュゼッペ・パルンビだが、彼にはロマンチックで切ない逸話がある。

1943年9月にイタリアが降伏すると、イタリア人捕虜たちは収容所からの外出を許可され、地元の人々と交流するようになった。パルンビは地元の若い女性と恋に落ちたのだが、彼にはイタリアに妻子がいた。2人の関係はプラトニックだったといわれている。

翌年9月にイタリア人捕虜たちがイングランドに転送されることになったとき、パルンビはこの女性の写真を手に入れ、大切にしていた。ところがイタリアに帰国後、その写真は激しく嫉妬した妻に焼き捨てられてしまった。

実は礼拝堂の床には、パルンビが密かに残した愛のメッセージがある。中央に敷かれたカーペットの祭壇側の先端中央に柵の門のストッパーが設置されているが、この鉄製のストッパーはよく見るとハートの形をしている。これは、パルンビがこの女性に捧げたハートだといわれている。

ハートの形をした門のストッパー。写真提供:Orkneyology.com

パルンビは、自宅の壁に掛けていたイタリア礼拝堂の写真を、哀愁漂う眼差しで眺めることがよくあったという。オークニー再訪を夢見ていた彼は、その夢を実現させることなく1980年に69歳で他界した。

感動の再訪

戦後に収容所60は解体されたが、この礼拝堂はそのまま残され、地元の人々から慈しまれていた。1958年には地元の有志によって保全委員会が形成され、その翌年、この礼拝堂の物語に関心を持った英国放送協会BBCの南欧支局が、イタリア北部の故郷モエナに戻っていたキオケッティを探し出し、ラジオ特集番組のためにインタビューした。

そして1960年3月、BBCの資金援助を受けた保全員会は、礼拝堂の修復のためにキオケッティをオークニーに招いた。3週間の修復作業を終えたキオケッティは、イタリアに帰国する前に地元の人々に宛てて、次のようなメッセージをしたためている。

…この礼拝堂をあなた方に託します。慈しみ、保全してください。私はあなた方の親切と心からのおもてなしの素晴らしい思い出をイタリアに持ち帰ります。

あなた方のことは決して忘れません。そして私の子供たちは、あなた方を敬愛することを私から学ぶでしょう…

礼拝堂の内装修復作業中のキオケッティ。
写真提供:Chapel Preservation Committee/John Muir

今も続く交流

キオケッティは、妻マリアを連れて1964年にイタリア礼拝堂を再び訪れた。保全員会のメンバーも何度かキオケッティの故郷モエナに招かれている。また1992年6月には、収容所60の元捕虜7名がほぼ半世紀ぶりにラムホルム島の土を踏んだ。

1964年にキオケッティは妻マリアとともに礼拝堂を再訪。
写真提供:Chapel Preservation Committee/John Muir
およそ半世紀ぶりにイタリア礼拝堂を訪れた元捕虜7名。
写真提供:Chapel Preservation Committee/John Muir

この記事の取材に協力してくれた保全委員会のジョン・ミュア氏は、イタリア人捕虜たちが収容所60にいた頃6歳だった。父親の農場に捕虜たちが働きに来たり、理髪師だった捕虜が地元の人々の散髪をしていたのをよく覚えているという。

キオケッティ夫妻からの手紙の数々。

上の手紙の数々は、キオケッティ夫妻からミュア氏に送られたもので、カードの絵はすべてドメニコが描いたもの。ドメニコが1999年5月に他界した後も、妻マリアはミュア氏にときおり手紙を送っていたという。マリアは2007年7月に亡くなったが、彼らの子供たちや孫たちとの交流が今でも続いている。

イタリア礼拝堂は入場料3.5英ポンド(約630円)で見学できる。12歳以下は入場無料。クリスマス(12月25日)と元旦を除き毎日オープンしており、夏の時期は毎月第1日曜日にミサが行われている。

オークニー諸島へは、飛行機やカーフェリーで行くことができる。飛行機では、ローガンエアー(Logan Air)がエディンバラ、グラスゴー、アバディーン、ダンディー、インヴァネスからメインランド島のカークウォール空港までの便を運航している。飛行時間はいずれも1時間程度。

カーフェリーの場合、ノースリンク・フェリーズ(Northlink Ferries)が、本土北端のスクラブスター港~メインランド島ストロームネス港間を約1時間半で運航している。

また、ジョン・オグローツ・フェリーズ(John O’ Groats Ferries)というオペレーターが、5月から9月末の期間限定で日帰りツアーを催行している。朝8時45分に本土最北端のジョン・オグロ―ツ村の港をフェリーで出発し、サウスロナルドセー島で観光バスに乗り換えてイタリア礼拝堂を含む8か所のオークニー観光名所を巡るかなりの強行軍ツアーだが、人気は高いそうだ。

イタリア礼拝堂を訪れた人々の多くは、その可憐な美しさと感動的な友愛の物語に心を打たれる。筆者もその1人である。

オークニー観光局ウェブサイトのイタリア礼拝堂ページ:https://www.orkney.com/listings/the-italian-chapel
ローガンエアーのオークニー便のページ:https://www.loganair.co.uk/en-gb/flights-to-orkney
ノースリンク・フェリーズHP:https://www.northlinkferries.co.uk/
ジョン・オグローツ・フェリーズHP:https://www.jogferry.co.uk/Tours.aspx

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)
海外在住通算29年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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