文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

スコットランドを旅するなら、ぜひとも体験したい人気観光アトラクションのひとつが、スコッチウイスキー蒸溜所見学。

だが蒸溜所の多くは、レンタカーで慣れない外国の道路を延々と運転するか(飲酒運転は徹底禁止なので運転手は試飲できない)、配車サービスを利用するか、パッケージツアーに参加するかしないとなかなか訪問できない遠隔地にあり、「行きたいけど敷居が高い」と感じている読者も多いのではないだろうか。

そこで、スコットランド在住ライターでウイスキー愛好家の筆者が、公共交通機関で簡単に訪問できるうえに、興味深いストーリーがあるという、素晴らしいスコッチウイスキー蒸溜所をシリーズでご紹介する。

縦40メートルの高層蒸溜所

公共交通機関で簡単に行けるポート・オブ・リース蒸溜所。
写真提供:Port of Leith Distillery

第1弾は、昨年10月スコットランドの首都エディンバラに新設オープンしたポート・オブ・リース蒸溜所(The Port of Leith Distillery)。

エディンバラの中心部から路面電車で15分程度のリース港にあるこの超モダンな蒸溜所は、世界でも極めて珍しい縦40メートルという高層蒸溜所だ。

縦40メートルの高層蒸溜所。 
写真提供:Port of Leith Distillery

エディンバラの路面電車は空港直結なので非常に便利。主要鉄道駅のウェイヴァリー(Waverley)駅のすぐ横も通る。

ハイランド地方の主要都市インヴァネスから列車でエディンバラに到着した筆者は、ウェイヴァリー駅1番出口を出てすぐのプリンスズストリート(Princes Street)停留所からニューヘイヴン(Newhaven)方面行きに乗り込んだ。

料金は大人の往復切符が3.80英ポンド(約750円)。目指すはオーシャンターミナル(Ocean Terminal)停留所。

プリンスズストリート停留所からニューヘイヴン方面行きの路面電車に乗り込む。 
写真:筆者撮影

静かで乗り心地の良い車内でエディンバラの景観を楽しんでいると、10分程度でリース港に入る。車窓から目的地のポート・オブ・リース蒸溜所が見えてくると、自然とテンションが上がる。

車窓から見えるポート・オブ・リース蒸溜所。 
写真:筆者撮影

オーシャンターミナルで下車すると、目の前の大きなショッピングセンターの壁に蒸溜所へのルートを示した標識がいくつか貼られているので、迷うことはまずないだろう。

オーシャンターミナル停留所の目の前にあるショッピングセンター。 
写真:筆者撮影

長年の夢を現実のものに

停留所から2~3分歩いて蒸溜所の入口前に到着した筆者を迎えてくれたのは、共同創設者のイアン・スターリング氏(41)。

スターリング氏が入口前の階段に腰掛けて待ってくれていた。 
写真:筆者撮影

エディンバラで生まれ育ち、ロンドンの大学で学んだ後、ワイン商として経験を積んだスターリング氏は、公認会計士としてテック系スタートアップ企業数社に携わった幼なじみのパディ・フレッチャー氏(41)と、自宅の裏庭でウイスキー蒸溜の実験を重ねながら、いつか自分たちで蒸溜所を立ち上げるという夢を温めていたという。

フレッチャー氏(左)とスターリング氏(右)。
写真提供:Port of Leith Distillery

2人が夢の実現に向けて本格的に動き出したのは2013年のこと。だが、巨額の投資を約束してくれていた資産家に見放されたり、建設候補地が決まっていたものの、大手住宅開発業者に先を越されたり、なんとかシード資金と用地を確保して建築許可も下り、やっとのことで着工にこぎついたと思いきや、コロナ禍で社会・経済活動が著しく制限されたうえに建築資材価格が高騰するなど、2人の道のりは決して平らではなかった。

なぜ縦型構造なのか

数々の試練を乗り越えて、自分たちの夢を現実のものにした両氏の情熱と粘り強さ、そして行動力には脱帽だ。

だがなぜ、高さ40メートルという縦型構造を選んだのか?

その理由は単純明快。利用できる土地の広さが限られていたためだ。

「縦型構造の蒸溜所なんて、最初はまったく考えていませんでした。クレイジーなアイデアですよ。でも確保できた用地は、立地条件は理想的ですが極めて狭い。だから上に向かうしかなかったのです」とスターリング氏。

着工から施工、竣工までの過程を捉えた写真で埋め尽くされた壁の前で。 
写真:筆者撮影

埠頭の先端にあり、岸壁のそばということで、基礎構造の設計と建設は複雑極まるものとなり、その分コストも膨れ上がった。さらに、蒸溜には爆発・火災の危険が伴うため、鉄骨構造の耐火コーティングにも特殊なものを必要とし、総コストはおよそ1300万英ポンド(約25億円)に達したという。

上から下へ流れる製造プロセス

9階建ての最上階は、フォース湾を一望できる洒落たカフェバーになっており、見学ツアーに参加しなくても、ここに直接行ってカクテルや軽食を楽しめる。その下の3つの階には、会議や宴会などに使える個室、ショップ、試飲ルームがある。

最上階のカフェバー。
写真:筆者撮影

製造プロセスは、ミリング(麦芽の粉砕)、マッシング(糖化)、ファーメンテーション(発酵)、蒸溜の順に、重力を活かして上の階から下の階へと流れていく。そのため、見学ツアーも上の階からスタートする。

蒸溜釜は一番下の階にある。
写真:筆者撮影

なぜエディンバラなのか

スターリング氏もフレッチャー氏も、蒸溜所を立ち上げるならエディンバラしかないと考えていたという。それは、エディンバラが2人の故郷であるからだけでなく、年間500万人を超える旅行者が訪れる人気観光地だからだ。

「ウイスキー蒸溜所の建設と運営は、非常にコストがかかるうえ、製造を開始しても、最低3年間オーク樽で熟成させることが法律で定められているため、短期的なリターンは期待できません。だから他の収入源を確立する必要があります。人気観光地のエディンバラで、アクセスしやすい場所に蒸溜所を建てることで、見学ツアーから顕著な収入を得ることができると考えたのです」とスターリング氏。

蒸溜所のすぐ隣には、ロイヤルヨット「ブリタニア号」が停泊している。故エリザベス女王がこよなく愛したこの豪華ヨットは、現在では博物館として一般公開されており、世界中から年間40万人近くの観光客が足を運ぶ。実に理想的な「お隣さん」だ。

窓の外には「ブリタニア号」が見える。 
写真:筆者撮影

蒸溜所見学ツアー開始1年目の今年は、約2万5000人の来場者を見込んでいるという。

実験的なウイスキー造り

この蒸溜所がさらに興味深いのは、非常に実験的なウイスキー造りをしている点だ。

多くの蒸溜所が高効率のディスティラーズ酵母を使っているのに対し、ポート・オブ・リースでは、異なる菌株のブリュワーズ酵母(ビール酵母)を使ってニューメイクスピリッツ(熟成前の蒸溜原液)を実験的に造っている。

「The Lab(研究室)」では、様々なニューメイクスピリッツが試されている。 
写真:筆者撮影

本来は関係者以外立ち入り禁止の研究室だが、特別に中に入れてもらうと、ちょうどマスターディスティラーが数種類のニューメイクスピリッツをチェックしているところだった。

実験的に造ったニューメイクスピリッツをチェックするマスターディスティラー。 
写真:筆者撮影

「パディといろんな蒸溜所を見学し、自分たちでも実験をして気付いたのは、蒸溜そのものは比較的シンプルな工程ですが、発酵液を造り出すのは複雑だということです。どの酵母を使うか、どんな温度でどれくらいの時間発酵させるかなどのパラメータが非常に微妙です。なのに、ほとんどの蒸溜所はそのことをあまり宣伝しません。だから、新参者の私たちは、新しいことを試すべきだと思ったのです」

今後の発展が楽しみ

ポート・オブ・リースがウイスキー原酒の製造を開始したのは、今年に入ってからのこと。したがって、彼らのシングルモルトウイスキーを試飲できるのは、まだまだ先の話だ。

だが、所要時間1時間30分で26英ポンド(約5000円)の見学ツアーでは、ニューメイクスピリッツをミニボトルに詰める体験を楽しめるほか、2種類の異なる酵母で造ったニューメイクスピリッツと、彼らが使う熟成樽の供給元が造ったシェリー酒とポートワイン、そして彼らがブレンドしたグレーンウイスキーを試飲できる。ニューメイクとシェリー酒、ポートワインの風味から、樽熟成を経た彼らのウイスキーの特徴を想像するのもいいだろう。

現在の試飲セット。
写真:筆者撮影

今後の発展が非常に楽しみなポート・オブ・リース蒸溜所。ちなみに、筆者が最上階のカフェバーで食べた燻製ハドック(※)のスコッチエッグは絶品だった。

※タラの一種、小鱈

燻製ハドックのスコッチエッグはイチ押し。
写真:筆者撮影

百聞は一見に如かず。スコットランド旅行をお考えの方に、ぜひともおすすめしたい。

ポート・オブ・リース蒸溜所ホームページ:https://www.leithdistillery.com
エディンバラ路面電車ホームページ:https://edinburghtrams.com
ブリタニア号ホームページ: https://www.royalyachtbritannia.co.uk/

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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