寒さが身にしみる季節ともなれば、温泉宿でゆったりと寛(くつろ)ぎたい。湯質のよさはもとより、今宵は“暖炉の炎”を眺め癒やされて、読書と酒、音楽にどっぷりと浸る、そんな宿へいざ。
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瞬く炎と名盤に耽溺
羊蹄山の麓、雪質のよさゆえ世界各地からスキーヤーが集まるニセコ町。賑わう駅前から少し外れたあたりにニセコ昆布温泉がある。珍しい温泉名は、昔、アイヌの人々が道に迷わないようにと木に昆布を巻き付けて道標としたなどの説がある。国民保養温泉地にも指定される落ち着いた温泉地だ。
この一角に立つのが『ニセコ昆布温泉 鶴雅別荘 杢の抄(もくのしょう)』。宿の脇を流れるニセコアンベツ川のせせらぎの音が心地よい。館内に一歩足を踏み入れると、上質な空間が広がり、ジャズの旋律が響く。その正体は大きな暖炉があるラウンジに設置されたJBLスピーカーのパラゴン。’50年代に誕生した左右一体式のスピーカーで中央の半円形の響板が特徴の、オーディオ好き垂涎の名機である。
ワイン片手にジャズを
宿を象徴する、吹き抜けのラウンジの中央には、高さ6mほどの鉄製の暖炉が配置され、その存在感は圧倒的だ。和とアイヌ文化の融合がデザインの基調で、暖炉には特別注文で仕立てた美しいアイヌ文様が施されている。
「大人が寛ぐ場には暖炉と音楽、そしてワインが必須と考えています。海外からのお客様は暖炉の近くに何時間でもいらっしゃいますね」と話す支配人の竹尾昭弘さん。その言葉通りワインやスパークリングワインが常備され、宿泊客は自由に楽しむことができる。さらにマシュマロが用意され、焼きマシュマロも味わえる。
ジャズとの相性がいいというパラゴン。宿では古いレコードやCDを用意し、客の要望で曲を流すという。また、好みのCDを持参し、ほかの宿泊客がいない時間帯にひとりで楽しむ客もいるとか。控えめの音量でもクリアな響きはよくわかる。贅沢な時間だろう。
北海道の味覚に舌鼓を打ち効能高い湯で和む
館内にはラウンジのほかにもカフェ&バーや足湯のあるテラスがあり、どこにいても落ち着く。そして客室はスタンダードなデラックスツインから展望温泉風呂付きの特別室まであり、ツインでも52平方メートルという余裕の広さ。明るくモダンな内装で動線もよく、快適な居住空間になっている。
夕食は個室の食事処でいただく創作日本料理。ニセコの旬の野菜のほか鮑やメヌキ(メヌケ)、ぼたん海老など北海道の海鮮が豊富に用いられ、素材そのものの力を感じる。また隣町の蘭越町の米「ゆめぴりか」も食欲を大いに誘う。
夕食後は自慢の温泉で温まりたい。保温効果があり、湯冷めしにくい泉質ゆえ、露天風呂で星空を眺めながら湯浴みをしても、入浴後はぽかぽかだ。一日の終わりに再びラウンジへ向かう。暖炉のゆらめく炎とジャズのリズムが軽やかに共鳴していた。
ニセコ昆布温泉 鶴雅別荘 杢の抄
北海道虻田郡ニセコ町ニセコ393
電話:0136・59・2323
チェックイン15時、同アウト11時 24室。
料金:1泊2食付き2名利用時ひとり4万80円~。
交通:新千歳空港駅から快速エアポートなどでニセコ駅下車、送迎バス(要予約)で約15分
取材・文/関屋淳子 撮影/竹崎恵子
※この記事は『サライ』本誌2024年12月号より転載しました。