寒さが身にしみる季節ともなれば、温泉宿でゆったりと寛(くつろ)ぎたい。湯質のよさはもとより、今宵は“暖炉の炎”を眺め癒やされて、読書と酒、音楽にどっぷりと浸る、そんな宿へいざ。

* * *

薪の爆ぜる音が頁をめくる手を促す

暖炉の前で本を手に寛ぐ篠井さん。ラウンジには重厚感のある家具が配されているが、随所に親しみやすいインテリア小物もある。
●案内人 篠井英介(ささい・えいすけ)さん(俳優・65歳)
昭和33年、石川県金沢生まれ。日本大学藝術学部演劇学科卒業。女方や中性的な役、悪役など変幻自在の演技派俳優として、また朗読やナレーションなどで活躍中。12月4日〜22日に東京・明治座で舞台『応天の門』に出演。(https://www.meijiza.co.jp/
重厚感のある椅子やテーブルが随所に置かれる館内。どこにいても不思議と落ち着く佇まいで、都会の喧騒を忘れさせる。

軽井沢の北、長野と群馬の県境にまたがる四阿山(あずまやさん)の山麓に広がるバラギ高原は、夏は避暑地、冬はスキーリゾートとして賑わう。ここに北欧のログハウスのような瀟洒な宿『高原のホテル ラパン』が立つ。森の木立に囲まれ、色付いた樹々が葉を落とすと、美しい雪景色に囲まれる。

ホテルを訪れたのは俳優の篠井英介さん。ホテル愛好家が集うホテルジャンキーズクラブの会員で、いつもは都内周辺のホテルに宿泊することが多いという。台詞を覚えるという俳優の仕事が一段落ついたとき、ホテルの非日常空間で台詞の総仕上げを行なうのが、篠井さんのホテルの利用法だ。

「オーベルジュ(※郊外や地方にある宿泊施設を備えたレストラン。)スタイルのホテルは初めてなので、楽しみですね。樹々に囲まれる自然環境もいいですね」と、ステンドグラスが施された玄関扉を開けた。

ラウンジを包むやさしい炎

暖炉のほかに薪ストーブも数か所に設置され、11月〜2月に火が入る。土間には、焼(く)べられるのを待つ薪が積まれている。

ホテルに入るとまず、吹き抜けの天井を渡る大きな梁や柱に目を奪われる。そしてロッキングチェアの前には、赤く点る薪ストーブがあり、客人を出迎えてくれる。

奥に進むと、自然光が降り注ぐ大きなガラス窓と暖炉のあるラウンジが広がる。その一角に本棚があり、館内には「高原の談話室」というライブラリーも設けられ、宿の主が集めた500冊ほどの書籍が並ぶ。老若男女が楽しめるようにと絵本や小説、写真集から実用書、雑誌まで幅広く揃い、客室をはじめ、館内のどこでも読書を楽しむことができる。部屋で旅装を解くと篠井さんもさっそく、気になる一冊を手に暖炉の前に陣取った。パチパチと爆ぜる薪の音が響くラウンジで長い夜が始まる。

「なかなか時間が取れず、積んである演劇関係の本があります。静かな環境のなか、暖かな火を前にすると集中して読めそうですね。読み疲れたら火を見つめる。そんな時間も安らぎます」(篠井さん)

標高1360mに位置する。ヨーロッパの古城のような外観も魅力がある。この佇まいに惹かれて訪れるリピーターが多いという。

時間を忘れ本と向き合い自分と向き合う悦び

「高原の談話室」のライブラリーコーナーで読書に没頭する篠井さん。本や雑誌から新しいホテルの情報を得るのも好きだと話す。

館内には静かに寛げるスペースが複数ある。ライブラリーコーナーがある「高原の談話室」では、コーヒーや紅茶を手に読書にふけることができる。さらに森を眺めるテラスもあり、夕刻になるとキャンドルに火が点り、静寂がいっそう増すようだ。

「こうして自然の中に身を置くと原点回帰するようですね。以前、屋久島で撮影があったときに、許可を得て一般の方が入れない森の奥まで行きました。撮影ですから一日中、その森の中にいるわけです。ただじっと森を見ていたり、少し散策したりというのが、まったく飽きないのです。火もそうですが何時間でも見ていられます。自然の威力に対し、自分が無になるように感じますし、心が豊かになるように思います。このホテルであれば大雨や雪を見ても楽しめそうですね」(篠井さん)

館内の随所に本棚があり、アンティーク調のランプや木製家具が独特の世界観をつくり出している。

手間暇かけた高原フレンチ

夕食は群馬の野菜を中心に彩りよく仕立てられたフランス料理。都内のレストランと南フランスで修業を積んだ料理長の宮崎芳紀さん(36歳)が腕を振るう。もともと宮崎さんの父親がスキー客用のペンションとして宿の経営を始め、17年ほど前から現在のオーベルジュスタイルにしたという。

先付から始まるコースは8品で、魚料理・肉料理の前に供されるのが、看板料理のキャベツのステーキである。ホテルがある嬬恋村は日本一の生産量を誇る高原キャベツの産地。キャベツの美味しさを知り尽くした宮崎さんが、その旨みを一皿に閉じ込める。キャベツ本来のみずみずしい甘みと濃厚なクリームソースが絡み合い、極上の味わいを醸し出す。料理に合わせたワインやシャンパンも豊富で、食事の楽しみをさらに引き出してくれる。

肉料理は上州牛のヒレステーキ。しっとりとした歯ごたえと甘みが広がる。
看板メニューのキャベツのステーキ。熱々の特製ソースが香ばしい。
前菜の石川県産真鯛のカルパッチョ。イクラや野沢菜、セロリが彩りを添える。

「気取らずに美味しいフランス料理をいただける洋風の旅館のようで、日本人には相性が良いと思います。高原の味覚を味わいました」と、その味とスタイルに篠井さんも満足げだ。

料理長の宮﨑さんから先付の説明を受ける篠井さん。器は創業100年を超える木村硝子店(東京・湯島)のカクテルグラスを使用。

客室でリラックスしなめらかな湯で潤う

貸し切り温泉のひとつ、ステンドグラスが印象的な内風呂「懐古の湯」。24時間利用可。半露天風呂の貸し切り風呂もある。

客室は本館と別館にあり、ツインや和洋室、岩盤浴付きの部屋などそれぞれ趣が異なるが、各部屋に共通するのは温泉の半露天風呂と、独立したダイニングルームがあることだ。自宅にいるように寛いでもらいたいという思いから、食事は基本的に部屋食、というのも気が利いている。客室にも大きな窓が取られ、四季折々の風景を楽しむことができ、時期により鹿なども出没するとか。朝は降り注ぐ陽光が目覚めを促してくれる。

肌にやさしいバラギ温泉

客室の温泉のほかに、信楽焼や伊豆石などを用いた4か所の貸し切り温泉があり、無料で利用できる。源泉はキャンプ場などがあるバラギ湖の近くに湧くバラギ温泉。アルカリ性単純温泉で肌をなめらかにし、疲れを和らげてくれる。極上の湯浴みを貸し切りで堪能できるのは嬉しい限りだ。

「宿の価値はスタッフで決まると思います。ホテルに行きたいと思うときは、そのホテルのスタッフに逢いたいと思うとき。今回はアットホームな滞在ができ、暖炉の魅力も再認識しました」

和やかにスタッフの皆さんと歓談し、篠井さんは帰路に就いた。

高原のホテル ラパン

テラス付きのツイン。

群馬県吾妻郡嬬恋村干俣バラギ高原2401
電話:0279・96・1122
チェックイン15時、同アウト11時 7室。
料金:1泊2食付き2名利用時ひとり3万8190円~
交通:JR吾妻線万座・鹿沢口駅下車、送迎車(要予約)で約30分

※「宮崎さん」の「崎」は正しくは「たつさき」。

取材・文/関屋淳子 撮影/竹崎恵子 スタイリング/宮崎智子

※この記事は『サライ』本誌2024年12月号より転載しました。

『サライ』12月号大特集は『「麵」の大国ニッポン』

 

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