文・写真/パーリーメイ(海外書き人クラブ/欧州在住ライター)

民家の扉越しに聞こえるラテン楽曲、タクシーの車内はロック、ちょいワルオヤジが運転する市バスはテクノ。

イビサ島、スペイン、バレアレス諸島と、3つの旗がはためくイビサ島の眺め。

スペインの東沖に浮かぶバレアレス諸島のひとつ、イビサ島は、ありとあらゆるジャンルの音楽が島中で鳴り響く“音の島”だ。夏の時期は特に、世界各地から若者が大挙し、ビーチやクラブで昼夜問わず狂宴を繰り広げるが、音に合わせて踊りだすのは、なにも若者に限ったことではない。

『IBIZA ROCKS』『Tibet』『DALI』など、個性的な本ばかりを集めた「ラス・ダリアス」の露店からはレゲエやサルサ音楽が流れ、買い物中もつい踊りだしたくなる。

イビサ島北東部の町サン・カルロスには、年配客も嬉々として集い体を揺らすヒッピー市場「ラス・ダリアス(Las Dalias)」がある。厳選された商品が並び、8月の繁忙期は毎週土曜日に、およそ2万人が訪れるという活気に満ちた観光スポットだ。

変貌を遂げた島

塩作りやアーモンド栽培など、第1次産業が中心のひなびた漁村だったイビサ島が、観光地として歩み出したのは1930年代の頃。バレアレス諸島最大のマヨルカ島の隆盛を受け、イビサにも宿泊施設の需要が起きたためだが1960年代には、とある若者たちの流入により、さらなる転換期を迎える。

1975年まで続いたフランコ長期独裁政権や、ベトナム戦争による鬱屈した雰囲気を嫌い、アメリカやスペイン本土から逃れてきた彼らは平和と愛を謳い、反戦、反社会体制を主張するヒッピーだった。

観光客でにぎわう島の中心地、イビサの旧市街「ダルト・ヴィラ」。かつてヒッピーの“避難所”でもあったイビサ島は1999年以来、島全体が世界遺産に登録されている。

前衛的な彼らの定住は、自由で開放的な雰囲気を島にもたらし、海外からの芸術家や観光客の著しい増加に繋がった。

観光資源としてのヒッピー文化

イビサ島にはラス・ダリアスだけでなく、ほかにも大小複数のヒッピー市場があり、いまや主要な観光資源のひとつとなっている。

1973年、木陰で手工芸品を売っていたヒッピーたちに、ホテル経営者が場所を提供したことから始まった「プンタ・アラビ」は、毎週水曜日に開かれる島最古、かつ最大のマーケットとして知られる。

音楽とともに歩む「ラス・ダリアス」

一方ラス・ダリアスは1954年、ヨーロッパにおける“ヒッピーの聖地”として名高いサン・カルロスで生まれた、家族経営のバーに端を発する。

農家で大工でもあったジョアン・マリ氏が開いた、ダンスフロアつきの路面バーは、はじめ地元民の憩いの場としてにぎわった。観光の大衆化が進んだ60年代は、バーベキューとフラメンコショーをかけ合わせた新型レストランが大当たり。

1954年に開店したバーは、今も形を変えて営業中。「Las Dalias Café」では朝昼晩と、時間を問わず手頃な値段で飲食できる。

仕事を終えたヒッピーたちのたまり場となった70年代以降は、即興演奏を定期開催するなど、時代に合わせて進化してきたラス・ダリアスのかたわらには、常に音楽があった。

現オーナーのフアニート氏が、2020年に英マンチェスターのラジオ局で語った話によると、レゲエの先駆者ボブ・マーリーや、イギリスの伝説ロックバンド「クイーン」のギタリストのブライアン・メイや、「ローリング・ストーンズ」のボーカルのミック・ジャガーといったそうそうたる人物たちも、気軽に顔を出していたという。

市場では塩、オリーブ油、リキュールなど島の特産品も売られる。

1985年に5軒の露店から興したマーケットは現在、ハンドクラフト製品や特産品などを販売する出店者が、300を超えるほどにまで成長し、フラメンコ・ショーや音楽ライブ、アート、演劇といったエンターテインメントも提供している。

老若男女楽しめるマーケット

島の中心都市、イビサ(Eivissa)から公共交通機関で1時間足らず。ラス・ダリアスへは、バスターミナルから30分おきに出ている、サンタ・エウラリア行きの市バスに乗る。

バス停からすぐのラス・ダリアス。タクシー利用ならイビサから30分ほど。

30分で到着する終点地、サンタ・エウラリアはファミリー・年配層の多い東海岸のリゾート地だが、そこからさらに10分もバスに揺られると、市場に着く。来場者のなかには親子連れ、若者たちがいる一方、シニアの姿も目立つ。

到着して早々、記念撮影する年配観光客。

「武器ではなく、花を」のスローガンで知られる元フラワー・チルドレンか、はたまた、ヒッピー文化のアイコンともされるビートルズなど、60〜70年代に活躍したロックバンド好きか。市場の歴史パネルを熱心に読みふける彼らは、一様に目を輝かせていた。

脈々と受け継がれるものづくり精神

元祖ヒッピーたちは自由なライフスタイルを好み、必要なものは自ら手作りしていた。ラス・ダリアスには、かつてを彷彿とさせる風貌のカゴ編み職人や、木材を利用してオリジナルのスピーカーやスマホケースを作る、ワイルドな見かけの出店者などがおり、現代でもクラフト文化が根付いている。

使い勝手のよさそうなカゴが並ぶ店。

「狂ってるでしょ?」と、笑いながら職人歴を教えてくれたのは、バレアレス諸島の伝統的なリゾート・サンダル、アバルカを販売している「Avarcas de Ibiza」のニエベスさん。近くの工房で、靴ばかり20年も作り続けている。

デザインから製作、販売まですべてをひとりでこなす「Avarcas de Ibiza」のニエベスさん。

ひとつひとつ、丹精こめて作られた本革のフラットサンダルや靴は歩きやすく、男女兼用のユニセックスなデザインだ。スペインやイタリア、オランダ、フランス、ドイツ、アルゼンチンなどからの観光客に人気で、ときおり日本人にも買われるという。

休憩中も思わず踊りだしてしまう!

刺すような日差しがきつく、冬でも温暖なイビサ島は典型的な地中海性気候で、歩き回っているとすぐに喉が渇く。適宜休憩を挟みたいものだが、そこかしこでノリのよい音楽が渦巻くラス・ダリアスの場合、少し勝手が違う。

気軽に腰かけられるベンチとテーブルがある売店では、雑談する客に混じり、リュックを背負った生真面目そうな中年男性が、音に合わせて控えめに体を揺らし始めた。

ソフトドリンク、カクテル、ビール1本から買える売店でも音楽は欠かせない。

ところが申し訳ないことに、男性は筆者の視線を感じたのか、ハッと我に返って動きを止めてしまった。

屋外レストランやDJブースがあるガーデン部分でも、ベビーカーを押した親子連れが「我慢できない!」といった様子でにわかに踊りだした。

ふと気づけばレストラン客、バーのハイスツールに座った客から売り子まで……リズムに合わせて、首を小刻みにふる人のなんと多いことか!

音響設備と音楽の質にこだわる“クラフト型”クラブ、「Akasha(サンスクリット語で天空の意)」の入口で踊るオシャレな白ヒゲ男性。

併設クラブ「Akasha」前では、中折れ帽にサングラスがキマッてる年配男性が、踊りながら若者とハイタッチを交わす。

イビサは“パーティー島”、“エレクトロニック・ミュージックのメッカ”など、複数の象徴的な呼び名を持つが、今年で70周年を迎えるラス・ダリアスは、ボヘミアンな雰囲気と音楽で世代を超えて人々を魅了するヒッピー市場だ。

バルセロナやマドリードから飛行機で1時間、淡路島ほどの小さなこの島で「どこよりもイビサらしい」と謳う“島の生ける伝説”、ラス・ダリアスをぜひご堪能あれ。

Las Dalias: Ctra. San Carlos, km.12, 07850 Santa Eulalia del Río, Ibiza
https://lasdalias.es/en/index

開催日時:1月を除く毎週末の10時~20時(夏期(6〜9月)のみ日曜、月曜、火曜夜にナイトマーケット有り)

文・写真/パーリーメイ
2017年よりロンドン郊外在住のライター。ヨーロッパの観光情報を中心にイギリスの文化、食、酒などについて執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。  

 

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