文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

金の玉ねぎが目を引く、奇抜な建築のウィーンのごみ処理場。市に依頼されてこの建物のデザインを請け負った芸術家フンデルトヴァッサーは、日本ともゆかりの深い人物だ。ウィーンには彼のデザインした建物が数多く残され、ランドマークとなっている。

ウィーン、シュピテラウのごみ処理場。

自然との調和をテーマとした、カラフルで個性的な作風が知られるフンデルトヴァッサー。その特徴的なモチーフのルーツをたどりつつ、彼の自然への思いや、日本の伝統文化が作品に与えた影響に迫る。

フンデルトヴァッサーの来歴と作風

フンデルトヴァッサーは1928年、ウィーンに生まれた。両親はチェコのボヘミア地方とモラヴィア地方にルーツがあり、母方にはユダヤ人の親戚もいたため、ナチス時代はゲットーで暮らした過去もある。小学生の頃、既にその「形や色への異例な感性」が注目されていたという。

木彫りのフンデルトヴァッサー像。

ウィーンの美術アカデミーに入学するが、学生時代はヨーロッパ等各地を旅し、パリに暮らしていた時期もある。アフリカ旅行からウィーンに戻った時、都市の持つ直線的イメージに強い反発を感じ、「自然界に直線は存在しない」と、曲線を多用する作風を生み出した。その色合いは奇抜だが、曲がりくねったモチーフや螺旋を多用した絵画は、自然との共生への強い思いが感じられる。

奇抜なデザインと色合いを多用した公営住宅「フンデルトヴァッサーハウス」

フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーというのは、彼の芸術家としてのペンネームで、本名はフリードリッヒ・シュトーヴァッサーだ。スラブ系言語で「百」を表すStoを、同じ意味のドイツ語「フンデルト」に書き換え、「水」を表す「ヴァッサー」と合わせて、「フンデルトヴァッサー」という苗字が生まれた。ファーストネームのフリードリッヒを、本来の意味を強調した「フリーデンスライヒ(平和が豊か)」に変え、「豊和百水」という漢字を使った名前が生まれたのは、彼が日本にいたころの話だ。

「クンスト・ハウス・ウィーン」の内部。階段や廊下も全て曲線だ。

来日と木版画製作

初来日は1961年、37歳の時だ。展覧会のために数か月滞在し、翌年日本人女性と結婚する。この期間に木版画を始めとする伝統工芸に興味を示し、日本の木版画職人と共同で木版画を製作した欧州初の画家となった。

結婚生活は4年で終わったが、フンデルトヴァッサーと日本芸術との関わりは晩年まで続いた。1966~73年には、浮世絵の技法で「七百水」という版画シリーズを製作している。ウィーンのフンデルトヴァッサー美術館「クンスト・ハウス・ウィーン」には、日本の木版画職人の名前と共に、「豊和百水」の印が押され、日本語でタイトルが書かれた木版画が多数展示されている。その製作年代は1960年代から80年代後半と幅広く、芸術的な協調関係が長く続いていたことがわかる。

クンスト・ハウス・ウィーン外観。

フンデルトヴァッサーの思想と作品

日本と良好な関係を続けつつ、フンデルトヴァッサーは世界を股にかけた活動を続けた。オーストリアの森林地方で隠遁生活を送ったかと思うと、1970年代にはニュージーランドへと居を移す。ここで彼の理想とする、「自然との調和」を目指して植林を行いつつ、バイオアクティブで再生可能エネルギーを利用した生活を行っていた。

既に国際的な名声を得ていたフンデルトヴァッサーは、ミュンヘンオリンピックのポスターをデザインした他、世界各国で様々な建築プロジェクトに関わり、ウィーン美術アカデミーでも教鞭をとった。オーストリアの自然やアイデンティティを守る活動を積極的に行い、ドナウ川の発電所建設反対運動などでも知られている。

ロイテンの郷土資料館。屋根の上に植物が生えているのも彼の作風だ。

オーストリア国内の建築で最も有名なものが、冒頭に紹介したシュピテラウごみ焼却場だ。ここでは、ごみの焼却熱でタービンを回して発電し、更に温水を沸かしてウィーン市内の暖房に利用されている。環境大国オーストリアの理念を体現した施設だ。

更なる代表作として、ウィーンの公営住宅「フンデルトヴァッサーハウス」、常設美術館「クンスト・ハウス・ウィーン」、ドナウ運河の観光船「ヴィンドボナ」や、ニーダーエースタライヒ州の「聖バルバラ教会」、シュタイアーマルク州の温泉施設「ブルマウ」などがある。いずれも、起伏のある通路や螺旋デザインをモチーフとするなど、直線を極力使用しないデザインが特徴的で、屋根や窓などに植物が植えられた、自然との調和をテーマとした建築となっている。

ブルマウ温泉。
聖バルバラ教会の周りにある、鳥居をモチーフとした門。

1990年代には、日本の展覧会に出店するために、12種類の「蝉凧」をデザインしたほか、応用美術としての「風呂敷」を何枚もデザインし、商品化している。彼の風呂敷には「ごみのない社会のために」というメッセージが書かれていて、日本古来の風呂敷の習慣が、自然を愛するフンデルトヴァッサーの思想と合致していたことがわかる。

フンデルトヴァッサーがデザインした風呂敷の展示。

アメリカやニュージーランド等、世界中にフンデルトヴァッサーの建築物は点在しているが、オーストリア17か所、ドイツ14か所に次いで多いのが、4か所の建築が残る日本だ。その代表作である大阪の舞洲(まいしま)ごみ処理場は晩年の作品だが、ごみ焼却と共に発電を行っていて、環境保護に貢献するインフラを目指すという、ウィーンのごみ処理場の理念を受け継いでいる。

大阪にある舞洲ごみ処理場。

* * *

フンデルトヴァッサーは、2000年にニュージーランドに向かう船上で71歳の人生を閉じた。その特徴的な作風は一見奇抜だが、その思想は一貫して「自然との調和」だった。

そんなフンデルトヴァッサーをインスパイヤした日本の伝統美術もまた、自然との調和を内包している。彼の目を通して見る日本文化が、斬新でありながら懐かしさを感じさせるのは、「自然」という共通点があるからこそなのだろう。

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。歴史、社会、文化系記事を得意とし、『ハプスブルク事典』(丸善出版)など専門書への寄稿の他、監修やラジオ出演も。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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