文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

「日本の灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントンの副技師として1868年に来日したコリン・アレグザンダー・マクヴェイン。彼の生い立ちと日本での功績を紹介した前編に続き、ここでは彼の日本での生活と帰国後の晩年について紹介する。

晩年のマクヴェインと妻メアリー。写真提供:Colin D. McVean Houston

スコットランド人の目から見た明治初期の日本

マクヴェイン夫妻が日本に到着した1868年8月当時の日本は、まだ戊辰戦争中の不安定な状況にあり、特に外国人にとって危険であった。当初マクヴェイン夫妻は横浜外国人居留地に滞在していたが、宿舎は守衛付きで、妻メアリーは毎晩のように弾丸を込めた拳銃を枕の下に置いて寝ていたという。さらにマクヴェインの移動には、必ず2人の用心棒が付き添っていた。

だが、マクヴェインの曾孫のコリン・フーストン氏は、マクヴェインは当時の日本社会にスコットランドがたどった運命との類似点を見出していたと考えている。

スコットランドでは、1688年の名誉革命で追放されたスコットランド系スチュワート家の英国王位復権を目指して蜂起したジャコバイト軍が1746年のカロ―デンの戦いで英国政府軍に惨敗すると、ハイランド地方の氏族文化は厳しい弾圧の標的となった。氏族制度は解体が押し進められ、キルトやタータンの着用およびハイランド地方の主要言語であったゲール語の使用も禁止された。明治維新の陰でたそがれてゆく武士の世界は、スコットランド文化に誇りを持っていたマクヴェインにとって、故郷と重なり合うものがあったのではないだろうか。

山尾庸三、伊藤博文との交流

前編でマクヴェインがグラスゴーで学んだ山尾庸三(やまお ようぞう)と親しい仲であったことに触れたが、それは家族ぐるみの付き合いであった。

マクヴェインや妻メアリーの日記には、山尾庸三とその夫人がよく言及されている。山尾と同じく「長州ファイブ」の1人であり、1871年9月に工部省が発足した当時、工部大輔(こうぶたいふ)であった伊藤博文とも社交的な付き合いがあり、山尾夫人と伊藤夫人はメアリーと一緒にアフタヌーンティーや洋裁を楽しんだり、お互いに英語と日本語を教え合ったりしていた。

伊藤博文。昭和61年(1986年)に発行停止となった旧千円札の伊藤博文の肖像と比べるとかなり若い!
写真提供:Colin D. McVean Houston
メアリーが書いた1872年1月23日の日記。「山尾夫妻が我が家に夕食に来た」 
「山尾夫人は非常に小柄で若く見え、まるで14歳か15歳の少女のよう」などと書かれている。
写真提供:Colin D. McVean Houston

測量師長だった頃のマクヴェインは、横浜外国人居留地ではなく、皇居近くの工部省に割り当てられた敷地内のお雇い外国人用住宅に住んでいた。ここは旧川越藩邸の庭園だった場所で、マクヴェインが設計した家は大和屋敷(やまとやしき)と呼ばれた。マクヴェイン夫妻の10人の子供のうち4人は日本生まれで、年長の子供たちは日本語も話せたという。

大和屋敷でのマクヴェイン一家と日本人の通訳、用心棒と使用人たち。
1872年上旬のものと思われる。
写真提供:Colin D. McVean Houston

離日までの経緯

マクヴェイン夫妻は1873年3月末に日本を発って英国に一時帰国し、測量機器や観測機器の購入と有能な技師のスカウトのために約1年間日本を留守にした。その間、日本では内務省が設置されて初代内務卿に大久保利通が就任し、マクヴェインの勤務先であった測量司は内務省の管轄下に置かれることになった。

この再編成で測量司に新たに加わった日本人職員の中にはお雇い外国人を敵視する旧幕臣が数名がおり、1874年5月にマクヴェインが英国から戻った頃には、測量司内部は大きく揺れていた。前編で紹介した同年12月9日の金星太陽面通過観測は、そのような中で実施されたのである。

ここで興味深い写真を紹介しよう。下は1875年11月頃に撮影されたもので、内務省地理寮となったマクヴェインの部署の記念撮影なのだが、ただならぬ雰囲気が感じ取られる。前列中央に座っているマクヴェインの左隣りや後列の日本人数名は、わざとカメラの方を向かないようにしている。前列左端に座っている西洋人はヘンリー・シャボーなのだが、彼はヘルメットのような帽子を深くかぶって目を隠している。その右隣は前編で言及したウィリアム・チーズマンで、彼もカメラから顔をそらしている。撮影時、チーズマンの雇用契約は更新されないことが決まっていた。なんとも緊迫した不協和音が聞こえてきそうな一枚である。

不協和音が聞こえてくるような1875年の「記念写真」。
写真提供:Colin D. McVean Houston

この写真撮影から数か月後、マクヴェインは自身の契約期間の満了を待たずに早期退職し、翌年1876年の4月に日本を後にした。下の写真は、マクヴェインの貢献に対する大久保利通からの感謝状である。

大久保利通が早期退職したマクヴェインに宛てた感謝状。
写真提供:Colin D. McVean Houston

晩年のマクヴェイン

英国に帰国後のマクヴェインは、エディンバラなどで事業を試みたようだが、1885年にはマル島のキルフィニへン(Kilfinichen)に落ち着き、アーガイル公爵から借りたカントリーハウスで晩年を送った。

マクヴェインが晩年を過ごした
マル島のキリモアハウス(Killiemore House)。
写真提供:Colin D. McVean Houston

この家は現在ではキルフィニヘンハウス(Kilfinichen House)と呼ばれており、寝室が4部屋あって8名まで宿泊できる貸し切り制の自炊式宿泊施設となっている。入り江を臨むのどかな田園地帯にあるこの家で休暇を過ごし、美しい自然と穏やかな時間を堪能しながら、晩年のマクヴェインの生活を思い描いてみるのもいいかもしれない。(https://www.isleofmullcottages.com/cottage/kilfinichen-house.html

キリモアハウス(現キルフィニヘンハウス)での晩年のマクヴェイン夫妻。
写真提供:Colin D. McVean Houston

偉大なる遺産

マクヴェインは膨大な数の古美術品や写真を日本から持ち帰っていたが、1888年にグラスゴーで国際博覧会が開催された際、1000点を超える日本の古美術品を展示用に貸し出している。その数年後、財政難に陥ったマクヴェインは、これらの一部を売却することを余儀なくされた。このとき、グラスゴーのケルビングローブ美術館・博物館(Kelvingrove Art Gallery and Museum) が40点余りを買取り、現在も所蔵しているという。

グラスゴーのケルビングローブ美術館・博物館
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kelvingrove_Art_Gallery_and_Museum_-_exterior.jpg

明治日本の技術発展に大きく貢献したマクヴェインが波乱万丈の人生の幕を閉じたのは、1912年1月18日のことだった。

この記事の取材に大きく協力してくれた曾孫のコリン・フーストン氏は、1998年に父方の伯母が他界した際、年季の入った複数の箱を引き取った。開けてみると、膨大な数の古い日記や手紙、写真がぎっしり詰まっており、それらが曾祖父母が日本から持ち帰ったものであることを知ったとき、計り知れない驚きに包まれたという。そして日記や手紙を読んでいくうちに、曾祖父母たちの明治日本での生活が目前に蘇るような感動を覚えたそうだ。

マクヴェインが日本から持ち帰った品々の一部を披露してくれた曾孫のコリン・フーストン氏。

これらの貴重な資料や写真は数年間かけてデジタル化され、スコットランド国立記録局(National Record of Scotland)やハイランド地方アーカイブセンター(Highland Archive Centre)に収録されている。取材にあたり、筆者はこれらの原本の多くを見せてもらったが、日本史の重要な一片と偉大な功績の証を目の当たりにし、深く心を打たれた。まさに偉大なる遺産である。

ケルビングローブ美術館。博物館:https://www.glasgowlife.org.uk/museums/venues/kelvingrove-art-gallery-and-museum

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)
海外在住通算28年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 


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