文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

映画『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』を観たことのある人なら、下の写真を見て、「えっ、ホビット村?」と思うのではないだろうか。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』のホビット村?

ホビットの家に特徴的な丸いドアや窓はないものの、緑のなだらかな丘陵に埋め込まれたようなこれらの家屋は、確かにホビット村を彷彿とさせる。だが、実際に映画に登場したホビット村のロケ地はニュージーランドのワイカト地方にあり、この写真はそのロケ地のものではない。これは実は、スコットランド北部のオークニー諸島メインランド島西岸にある新石器時代の石造集落遺跡、スカラブレイ(Skara Brae)である。

大嵐で4500年の眠りから覚めた遺跡

スケイル湾沿いに位置するスカラブレイ遺跡は、1850年にオークニー諸島を襲い、200人にもおよぶ死者を出した大嵐で海辺の丘陵の一部が剥ぎ取られ、吹き飛ばされてその輪郭が露出したことで発見された。

その最初の発掘に取り組んだのは、この土地の7代目のレアド(スコットランドの大地主)でアマチュア考古学者であったウィリアム・ワット(William Watt)。彼の発掘で4軒の家屋が姿を現したが、発掘作業は1868年に放棄された。それから45年間ほどそのまま放置されていたのだが、1913年に盗掘事件が発生し、いくつかの出土品が何者かに持ち去られたという。

その後、1920年代後半にエディンバラ大学で教鞭をとっていたオーストラリア人考古学者V・ゴードン・チャイルド(V. Gordon Childe)が本格的な発掘を指揮し、その結果、合計10軒の家屋が密集して並ぶ現在の姿に近い状態になった。

V・ゴードン・チャイルドによるスカラブレイ遺跡のサイトマップ。(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Skara_Brae_ground_plan_1950.jpg)

ピラミッドよりも古いユネスコ世界遺産

当初、これらの住居は3000年ぐらい前の鉄器時代のものと考えられていた。だが、1970年代前半に行われた発掘作業からのサンプルの放射性炭素年代測定で、スカラブレイに人が住むようになったのは紀元前3180年頃と見られるようになった。つまり、紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えられているイングランド南部のストーンヘンジや、エジプトにあるギザの大ピラミッド(紀元前2500年頃)よりも古い遺跡なのである。4500年近く地下に埋もれていたおかげか保存状態は極めて良好で、ヨーロッパ最高のコンディションで残っている新石器時代の集落遺跡とされており、1999年にはユネスコ世界遺産に指定された。

ユネスコ世界遺産に指定されているスカラブレイ石造集落遺跡。

ビルトイン家具付きワンルーム住居

それぞれの家は、石スラブを積み上げて粘土と生活廃棄物でつなぎ合わせた造りで、断熱・防湿効果が高かったと考えられる。洗練度の高い設計で、内部はまるでビルトイン家具付きのワンルーム住居。石造りの収納棚やボックス型ベッド、囲炉裏など、なかなか立派な調度品が整っている。原始的な下水設備も整備されており、各家屋には「トイレ」らしきものもある。汚水は水で流し、海に放出する仕組みになっていたようだ。これらの住居を見ていると、ここに住んでいた人々は、きれい好きで几帳面だったという印象を受ける。

住居No1。まるでビルトイン家具付きワンルーム住居。
ほぼ同じ造りの住居No.2。

また、武器らしきものは発見されておらず、内側からロックできるドアを備えた住居が屋根付きの通路でつながった集落の構造から、スカラブレイはそれぞれの住民のプライバシーを尊重する、平和的で結束の強いコミュニティであったと考えられている。

現在は海の傍らにあるものの、ここで人々が生活していた当時はもっと内陸部に位置しており、肥沃な土地に囲まれ、集落の規模もずっと大きかったと考えられている。数千年におよぶ海岸浸食で海がすぐ傍まで接近したのだ。

住居No.8。

なぜ放棄された?

この集落では約650年にわたって人々が生活していたことがわかっているが、なぜ放棄されたのかは定かではない。その理由に関してはいくつかの説があり、なかでも特に有力だったのは、火山噴火で一夜にして消滅したポンペイの悲劇のように、突如襲ってきた巨大な砂嵐で埋もれてしまったというもの。不意を突かれた人々は、家財や身の回り品を持ち出すこともままならず、命からがら脱出したという劇的なシナリオだ。発掘作業で、当時の貴重品と考えられる動物の歯や牙、骨でつくられた首飾りやピンなどが発見されたことがその裏付けとされていたが、近年の調査研究では、この集落は一夜にして消滅したのではなく、20年から30年の間に段階的に放棄され、長い歳月をかけて砂や堆積物の下に埋もれていったと考えられている。では果たして、何が人々をこの集落から追いやったのだろうか。

気候変動によってこの地域が寒冷地帯となり、生活できなくなったからという説もある。だが、それも実証されているわけではなく、謎に包まれたままだ。ただ、気候変動が現在この遺跡を危険にさらしていることは事実で、2019年に行われた気候リスクアセスメントでは、スカラブレイ遺跡は気候変動による海面上昇や降雨量の増加などの影響に対する脆弱性が極めて高いと評価されている。

明治日本との意外なつながり

そんなスカラブレイ遺跡には実は、明治時代の日本との意外なつながりがある。厳密に言えば、つながりがあるのは遺跡そのものではなく、遺跡のすぐ近くにある屋敷、スケイル・ハウス(Skaill House)だ。築1620年のスケイル・ハウスはこの地の歴代レアド(大地主)の邸宅だった。スカラブレイ遺跡を最初に発掘した7代目レアドのウィリアム・ワットも、この屋敷で暮らした。

スカラブレイ遺跡の隣にあるスケイル・ハウス。1991年までこの地の歴代レアドの邸宅だった。

スコットランド歴史環境協会(Historic Environment Scotland)が管理するスカラブレイ遺跡の入場券を購入すると、スケイル・ハウスの見学もできる。1991年まで歴代レアドとその家族が実際に住んでいたのだが、6年間の修復工事を経て1997年に一般公開されるようになり、屋敷の一部は自炊式の宿泊施設にもなっている。

屋敷内には、スカラブレイ遺跡発掘の資料や歴代レアドと家族の所持品などが展示されている。それらのなかで、日本からの訪問者の目を特に引くのは、日本の骨董品が展示されたショーケースではないだろうか。

スケイル・ハウスに展示されている日本の骨董品

お雇い外国人ゆかりの品々

これらは実は、1873年末から1876年にかけて、明治政府のお雇い外国人のひとりとして三角測量法の指導や測量地図作成に携わったドイツ系英国人水路測量技師、ヘンリー・シャボー(Henry Scharbau)が日本から持ち帰ったものである。

ヘンリー・シャボーと2人の日本人アシスタント。
写真提供:Skaill House

なかでも注目に値するのは、「Skaill House Journals」と呼ばれている絵日記集だ。これらは、西洋の測量技術を学んだ日本人技師たちが1873年から1876年にかけて行った、木曽川、荒河、那須野の測量の旅のもようを記した紀行で、それぞれ「木曽川紀行」、「荒河紀行」、「那須野紀行」と題されている。

スケイル・ハウスに所蔵されている「那須野紀行」。
写真提供:Skaill House / Rebecca Marr
ヘンリー・シャボー(右の洋服姿の人物)が描かれているページのクローズアップ。彼の名前は漢字で「西亜保氏」と書かれている。
写真提供:Skaill House / Rebecca Marr

このようなものがなぜ、スケイル・ハウスに所蔵されているのかというと、11代目レアドとしてスケイル・ハウスで生活したヘンリー・ウィリアム・スカース(Henry William Scarth)大佐は、ヘンリー・シャボーの娘が生んだ孫だったという姻戚関係がその背後にある。シャボーが日本から持ち帰った品々は、彼の死後にシャボーの息子が相続したのだが、その息子は後に甥にあたるスカース大佐にすべてを譲ったのだという。そのうちのいくつかは1900年代初期にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に寄付され、現在スケイル・ハウスには、シャボーが日本から持ち帰ったものと鑑定された品々がおよそ60点ほど所蔵されている。

オークニー諸島メインランド島には、スカラブレイと同じくユネスコ世界遺産に指定されている新石器時代の遺跡、メイズハウ(Maeshowe)、ストーンズ・オブ・ステネス(Stones of Stenness)、リング・オブ・ブロッガー(Ring of Brodgar)があり、これらを総称して「オークニー諸島の新石器時代遺跡中心地(Heart of Neolithic Orkney)」という。ヘンリー・シャボーは日本から帰国後、羨道墳(せんどうふん)であるメイズハウの三角測量にも携わったそうだ。

このようなスコットランドの北の諸島で、明治日本にゆかりのある品々に巡り会えるとは、何とも思いがけないことである。ただでさえ見どころ盛りだくさんのオークニー諸島だが、このつながりは日本人にとってオークニーの魅力をさらに高めるのではないだろうか。スコットランドを旅する機会があれば、ぜひとも北のオークニー諸島まで足を延ばし、じっくり探索してみてはいかがだろうか。

スカラブレイ遺跡(スコットランド歴史環境協会ウェブサイト):https://www.historicenvironment.scot/visit-a-place/places/skara-brae/

スカラブレイ遺跡3Dバーチャル訪問ページ(スコットランド歴史環境協会ウェブサイト):https://www.historicenvironment.scot/about-us/news/new-digital-model-of-skara-brae-welcomes-virtual-visitors/

スケイル・ハウス公式ウェブサイト:https://skaillhouse.co.uk/

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算28年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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