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年が明けると新年を祝い、一般的に多くの人がしきたりに則り特別なことをいたします。料理店においても、そうなのかと聞いてみると、意外な言葉が返ってきました。

「正月は、決して特別な日ではありません。お客さまにとっては来ていただいた日が特別な日なので、菊乃井では毎月の毎日が特別な日です。

と申しましても、お客様の中には『一年の計は元旦にあり』ということで、初春の祝いとしてお越しになる方もいらっしゃいます。したがいまして、献立も正月のめでたさを感じていただく料理をお出ししております」と『菊乃井』三代目主人の村田吉弘(むらたよしひろ)さん。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『菊乃井 本店』、『柊家』、『茶寮宝泉』のリレー連載です。第8回は、八坂神社近く高台寺の緑に包まれた清閑な地に店を構える『菊乃井本店』の睦月の花と京料理をご紹介します。

◆宝袋をかたどった器の誕生秘話

『菊乃井本店』の睦月の献立の中から、今回は強肴(しいざかな)を取り上げます。赤い紐で結ばれた陶器が特徴的です。この、器のお話から村田吉弘さんにお聞きしました。

「この料理は、お客様の目の前に運ばれてきた時から驚かせたかったので、器作りから始めました。一見、ボンボン入れ(キャンディー入れ)に見えるかもしれませんが(笑)、出来上がるまでには3、4年の歳月をかけています。

“宝づくし”の宝物は、打ち出の小槌(こづち)、如意宝珠、宝鑰(ほうやく)、金嚢(きんのう)、隠れ蓑、丁字など決まったものがあります。それらを陶器で再現するには、立体的にする必要がありますし、色もたくさん使わなければなりません。ですから、当初、窯元に相談したときは“こんなもんは陶器ではできまへんで”と言われました。

それでも私の頭の中にあるイメージを十回以上やり取りをして、なんとか再現してもらいました。例えば、打ち出の小槌にしても、これだけ凹凸があるので、他の部分と同様に焼き上げるのは至難の業です。また、色によって焼き方が異なるので、何度も焼いてもらいました。最後に“鯛をもっと赤くしてほしい”と言ったら“勘弁してくれ”と言われましたけどね(笑)。

料理は、器やお盆にも物語がないと面白くありません。特に日本料理は、メッセージ性が高い必要があると常々思っております。一つ一つお客様に何かを思わせるものが必要なんです。心の遊びがないと、飯は食えませんから」と言って、村田さんは微笑みます。

◆伊勢海老金つば 白味噌仕立て トリュフ

宝袋をかたどった器を開けると、湯気のゆらめきとともに山吹色をした伊勢海老が現れました。料理について、詳しいお話をお聞きしています。

「蓋を開けたら、目を引く金色の料理が出てくる、これ自体がおめでたいという仕立てになっているんです。

この金色は、伊勢海老に卵黄をつけて油でさっと揚げたものです。さらに白味噌で仕立てたソースをかけ、その上にはトリュフを乗せています。白味噌のソースは、いわばアメリケーヌソース(オマール海老と香味野菜を煮込んで作るソース)の日本版といった感じです。和食ではありますが、お正月ですのでリッチにいたしました。

京都では白味噌を使って、お雑煮を作ります。だからと言って、お雑煮を出すわけにはいきませんので、海老の味のする白味噌のソースに仕立てています。

伊勢海老の下には豆腐が入っていますが、この豆腐は器の中で作っています。どうやって器の中で豆腐ができるのか、不思議でしょ? そう思ってもらえるのが、いいんです。お客様には、一つ一つの料理へ『えらい手間がかかっているなぁ』とか『家庭では絶対に作れない料理』などと思いながら味わっていただけたら嬉しいですね」

◆松竹梅のそろった、睦月の花

今回は、『菊乃井 本店』の1階の部屋「葵」にて、取材をさせていただきました。床の間には、ごく自然に横山大観の雲中富士の掛け軸がかけられています。北大路魯山人作の竹の花器には、松と梅が生けられていました。横山大観の絵や北大路魯山人の花器が、間近に観賞できるしつらいの中にてお話をうかがいました。

「正月ですから、竹の花器に松と梅を合わせて松竹梅をそろえました。軸は、日輪の照らす雲海から富士山がのぞき、睦月のめでたさを表しています。

横山大観や魯山人の作品であっても、間近で見られるのが本来の料理屋です。これが美術館でしたら、当然のことながらガラスの向こうに飾られるのでしょうけども。しつらいになって初めて美術品が生かされ、文化となるんです。日本の料理屋とは、フランス料理で言うところのグランメゾンであり、料理・しつらい・美術品を一緒に楽しめる場所だと考えていますから。

町衆とともにあるのが京都の料理屋です。ですから、裕福な人しか来られないようではあきません。『菊乃井 本店』では、昼懐石は1万3,000円(税別)からご用意しております。日本人なら、家庭の祝い事や親戚が集まっての行事など、ちょっと改まった食事をするときには、日本料理を楽しんでいただきたいものです」と村田さん。

***

世阿弥が『花鏡』に残した言葉で、「是非の初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず」(現代語訳:初心者はもちろん、熟練者に至るまで、芸を身に付けていくそれぞれの段階に「初心」がある。それを忘れてはいけない)というものがあります。

冒頭、村田さんがお話しされた「正月は、決して特別な日ではありません。お客さまにとっては来ていただいた日が特別な日なので、菊乃井では毎月の毎日が特別な日です」というお話は共通するものがあるように思えました。

そうした心でもてなされる菊乃井の料理を、一度ご賞味されてみてはいかがでしょうか?

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始 
https://kikunoi.jp

撮影/高見尊裕
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2022年11月30日に行なったものです。

 

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