文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)
タイの伝統菓子・フォイトーン
フォイトーンというタイの伝統菓子があります。卵黄を細い糸状にしたものをまとめた物です。フォイトーンのトーンは黄金という意味で、タイの人にとって縁起の良い色。また長いことは長寿につながることから、結婚式などのお祝い事には欠かせないお菓子として知られています。日常的にもよく食べられていて、市場からスーパー、高級デパートまでどこでも売っているお菓子です。砂糖の味が全面に出た素朴な味わいです。
このお菓子、もともとポルトガルにあった物ですが、それをタイ風にアレンジして伝えたのがターオ・トーンキープマー(本名:マリア・ギオマール・デ・ピーニャ)さんです。
彼女が生きたのは17世紀のアユタヤ朝。以前、ご紹介した山田長政(https://serai.jp/tour/1056231)と同時代人です。山田長政は、日本からシャム(当時のタイの国名)へ渡り、傭兵から日本人村の長となり、ついには領地の一つの太守に任命された人物です。
トーンキープマーさんもまた同じように数奇な人生を辿りました。当時の日本人村には商人や傭兵たちと共に母国での迫害から逃れてきたキリシタンたちが多く住んでいて、彼女の母の山田ウルスラさんもそうでした。ポルトガル人の血を引き、肥前国のキリシタン大名の末裔だったとも言われています。そのウルスラさんがポルトガル領インド出身の男性と結婚し、トーンキープマーさんが生まれます。
当時、日本人村とポルトガル村はチャオプラヤー川を隔てた場所に位置していたので、互いの交流も深かったのでしょう。日本人村の跡地は、現在、アユタヤ日本村(https://www.japanesevillage.org/jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9D%91/ )という博物館になっています。
ドラマにもなった、トーンキープマーさんの生涯
トーンキープマーさんは長じて、アユタヤ王朝の高官のコンスタンティン・フォルコンさんと結婚。彼もイタリア人とギリシャ人のハーフでした。幸せな結婚生活を送っていたところ、革命によりフォルコンさんが殺され、彼女は牢屋へ入れられてしまいます。
ところが、彼女の料理の腕前を知る者が貴族の中にいて、そこから王宮の菓子職人に任命されることになりました。この時、授かったのがターオ・トーンキープマーという官位名だったのです。
トーンキープマーさんは自分の知るポルトガル菓子作りの技術を使い、先述のフォイトーンの他、同じ卵黄を使って花の形にしたトーン・イップやカスタードプリンのようなカノムモーゲーンを生み出しました。
今回、人々にトーンキープマーさんを知っているか聞いてみました。まったく存在を知らない人たちがいる一方で、「あ、フォイトーンを作った人ね! TVで見たわ」という人たちもいました。実は2018年にトーンキープマーさんをモデルにしたドラマが制作されていたのです。恋愛が主要テーマで彼女とフォルコンさん、2人が付き合うのに反対する父という分かりやすい図式のお話だったようです。
このドラマを機にトーンキープマーさんの知名度も少々アップ、ところが、それでもトーンキープマーさんが日系女性だと知る人は残念ながら少ないのが事実! ドラマではその点をあまり説明していなかったのです。
ちなみに、トーンキープマーさんはフォルコンさんとの間に2人の男の子を儲けていました。彼らは王朝の官僚となり幸福に暮らしたようです。
アユタヤ王朝時代に始まり、正式に国交を開始した1887年からでも135年間という長い付きあいのある日本とタイ。トーンキープマーさんと日本の関係をタイの人々にもう少し知って貰いたいですね。
文・写真/梅本昌男(タイ・バンコク在住ライター)。タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、グルメ、エンタテインメントまで幅広く網羅する。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。