文・写真/北かえ(海外書き人クラブ/メキシコ在住ライター)

メキシコシティ南部の静かな住宅街に、テテトランという名のレストランがある。

ごつごつとした岩壁が特徴的な店の入口

なかへ足を踏み入れると、迎えてくれるのはむき出しの岩壁と温もりある木製家具、そしてガラスの床越しに見えるダイナミックな溶岩。ばらばらに見えるひとつひとつがうまく溶けあい、絶妙に居心地の良い“大人の秘密基地”を作り上げている。

まるで溶岩の上に浮いているかのような客席

そんなテテトランの誕生には、実はある天才建築家が深く関わっていた。建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞した唯一のメキシコ人建築家、ルイス・バラガン。彼とこの店の間には一体どんな物語があったのだろうか。

溶岩地帯の“発見”

時はいまからおよそ2,500年前、メキシコシティ南部にあるシトレ火山の噴火に遡る。ナワトル語(※)の“シクトリ”(「おへそ」の意)から名づけられたこの火山は、噴火によって周辺を一面の溶岩地帯に様変わりさせた。農業に不向きとなった土壌は、長い間「人が暮らせない場所」として放置されることとなる。
(※アステカ帝国で使われ、現在も北アメリカ大陸最多の話者がいる先住民族語)

しかし時は流れ1940年代になると、この溶岩地帯は意外な人々から注目を集める。きっかけは大学の建設だった。土木工学の発展により、これまで開発が困難と思われていた溶岩地帯に、メキシコ国立自治大学(UNAM)のメインキャンパスが作られることになったのだ。大学建設計画が始動して以降、溶岩地帯のユニークな土壌は芸術家たちの注目の的となった。彼らは“エル・ペドレガル”(「岩石で覆われた場所」)と名づけられたこの地域の景観に強烈な個性を感じ、その魅力を街という形で表現したいと考えた。

荒涼とした当時のエル・ペドレガルを撮影した写真

リベラとバラガン

ペドレガル地区の開発を唱える芸術家は多くいたが、なかでもその中心にいたのが、メキシコを代表する画家ディエゴ・リベラだった。

彼は友人の建築家ルイス・バラガンを開発計画へと引き入れるため、ペドレガル地区へと招く。リベラに誘われこの地を訪れたバラガンは、数日後にこんな言葉を残したと記録されている。

「火山が生み出した遥か昔から続く美しい風景に心を揺さぶられた。メキシコシティの南部に広がった広大な溶岩地帯に、その素晴らしい環境を損なうことなく、庭園、広場、公園、住居を作ろうと決めた」

テテトランの床越しに見た溶岩

自然と結びついた街を目指して

バラガンをはじめプロジェクトに関わった芸術家たちは「火山風景や自然と現代建築を結びつける」という共通のビジョンを掲げていた。ビジョンは具体化され、リベラによって『ペドレガル地区開発の要件』と題した文書にまとめられた。

かくして、ペドレガル地区の宅地開発はこの要件書を“道しるべ”に始動する。道路は溶岩の流れに沿うよう区画整理され、「溶岩」「断崖」「尖峰」「水」「雨」「火」など火山や自然を想起させる名が割り当てられた。住宅には必ず、溶岩地帯特有の自然を生かした広大な庭が設計された。

溶岩地形を活かし設計されたカサ・プリエト(現:カサ・ペドレガル)の庭

一軒目の住宅は1950年に完成した。続いて建てられた数軒の個人宅のうち一軒は、当時新居を希望していた友人のため、バラガンが設計したものだった。完成した邸宅は友人の名にちなんで“カサ・プリエト”(プリエトの家)と呼ばれ、一家は60年間そこに暮らした。

街の救出に立ち上がった男

しかし、時代の変化とともにペドレガル地区は当初のビジョンから離れていく。彼らが建てた多くの住宅は取り壊され、代わりにマンションや学校が作られた。カサ・プリエトのように残った家もあったが、内装や庭の造りは住人らの手によって当初のデザインから大きく変えられていった。ペドレガル地区は「どこにでもある普通の住宅地」になっていったのだ。

そんな状況を憂慮し立ち上がったのが、セザル・セルバンテスだった。ペドレガル地区で生まれ育ち、アートコレクターとして世界中の芸術品を収集していた彼は、徐々に自らが育った地の退廃を感じるようになった。そんななか、2013年にプリエト家が自宅を売りに出すとを知った彼は、「かつてここにあったものを、現代の人々に知ってもらいたい」と40代半ばで所有していたすべてのアート作品を売却しカサ・プリエトを購入した。

カサ・プリエトの修復には4年の歳月と莫大な費用がかかった

新しい文化の中心地“テテトラン”

セルバンテスはカサ・プリエトをバラガンが作った当初の状態に可能な限り戻そうとしたが、「人々が集える場所をつくりたい」という願いから、馬小屋だけは大幅に改装し、レストラン「テテトラン」として生まれ変わらせた。バラガンに対する敬意が随所に表された店内は、まるで二人の共同作品のように見える。

無駄を省いたシンプルな階段はバラガンへのオマージュ

テテトランは今年オープン5周年を迎えた。地区出身アーティストの作品販売、オーガニック野菜の定期市やヨガクラスなども積極的に行う店には、セルバンテスの願い通り日々多くの人が集い、忘れられかけていたペドレガル地区にも再び注目が集まっている。

2,500年前の火山噴火にはじまった物語は、まだ終わっていない。時代を超えて紡ぎ手から紡ぎ手へと引き継がれ、熱く静かにこれからも人々を魅了し続けていくだろう。

進化を続けるテテトランには日々多くの人が集う

Tetetlan
住所:Calle Las Fuentes Jardines Del Pedregal 180, 01900 CDMX

参考資料: https://cdmxsecreta.com/tetetlan-cdmx/
https://heraldodemexico.com.mx/estilo-de-vida/2019/1/31/cesar-cervantes-en-elpedregal-de-barragan-75422.html

文・写真/北かえ(メキシコ在住ライター)
標高2250mのメキシコシティ在住ライター。日本のメディアでインタビュー記事やメキシコを題材にしたコラムを執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

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