文・写真/北かえ(海外書き人クラブ/メキシコ在住ライター)

アメリカ大陸最古の公共図書館は、実はここメキシコにある。本を愛するひとりの司教が、知を求めるすべての人のためを願い贈った美しき図書館、パラフォクシアナ図書館だ。ユネスコ記憶遺産にも登録されたその地を訪れた。

美しいパラフォクシアナ図書館の館内。

タラベラ焼きの街、プエブラへ

首都メキシコシティから車でおよそ2時間走ると、プエブラの街が見えてくる。道の角々で目にする白地に青い模様が描かれたタイルは、この街を代表する民芸品「タラベラ焼き」だ。

通りの名を示すタイル。プエブラは碁盤目状に区画整備されている。

街には歴史あるタラベラ焼きの工房が点在し、職人たちが作る質の良い陶器を直接買うことができる。

タラベラ焼き工房「Uriarte(ウリアルテ)」

荷物を置き、ソカロと呼ばれる街の中央広場へ向かう。広場には大聖堂がそびえ立ち、カフェテリアやレストランは思い思いの時間を過ごす人たちで賑わっていた。

喧騒をかいくぐり一本裏通りへと抜ける。人通りがぐっとまばらになり、先ほどとは打って変わった静けさと落ち着きが漂っている。そこに、今回訪れたかった建物があった。

赤茶色の煉瓦とタラベラ焼きタイルの壁。

”Casa de la cultura”(文化協会)と書かれたその建物の入口をくぐり、パティオを横切って、2階へと続く階段を昇る。思った以上に息が上がり、ここが標高2,100mの高地であることを改めて実感する。と同時に、突如目の前に現れた図書館の荘厳さに言葉を失い、一瞬立ち尽くしてしまった。

図書館の見学チケットは階段下にて購入できる。

扉の横にはこんな言葉が掲げられている。「書物なしに成功する者は、慰めのない孤独の中にいる者、道づれなく山に登る者、杖なく道を行く者、案内なく暗闇にある者である」

扉横に掲げられたタラベラ焼き。

言葉の主は、フアン・デ・パラフォクス・イ・メンドーサ。かつてプエブラの司教だった人物であり、この図書館の創設者でもある。パラフォクスは何故ここに公共図書館を作り、その後図書館はどのような運命を辿っていったのだろうか。

なぜ公共図書館は生まれたのか

プエブラは、メキシコの先住民都市を基盤としない「スペイン人の都市」として、1531年に修道士トリビオ・パラデスによって設立された。そのプエブラに、スペイン・ナバラ州で生まれたパラフォクスが司教として就任したのは1640年、彼が40歳の時だ。

図書館に所蔵されている資料によれば、パラフォクスは器用な性格で、スペイン人政治家や宗教家コミュニティの中での立ち回りが上手く、プエブラで司教職に就く以前も様々な職を任されてきたという。

入口上に置かれたパラフォクス像が図書館全体を見守っている。

そんな彼が生涯絶やすことなく抱き続けたのが、「本と学び」への情熱だった。「読みたい者、学びたい者に、自由に本を手に取れる場を与えたい」と願ったパラフォクスは、司教就任から6年後の1646年、自身が所有していた5千冊の本を街の神学校の学生らへ寄贈することを決めた。

図書館の入口横に掲げられた言葉は、パラフォクスが時のスペイン国王フェリペ4世に宛てて書いた手紙の一部である。彼は手紙の最後に、「これらの本を公のものにすることで、すべての世代、職業、個人の役に立つでしょう」と自らの思いを綴っている。

パラフォクスが寄贈した本は、同じ年に創設されたサン・フアン学校の2階に収容された。現在文化協会となっているこの建物は、かつて学校だったのである。彼はこの時、「学生に限らずすべての人が自由に読める形で本を管理してほしい」と依頼し、ここにアメリカ大陸最初の公共図書館が誕生したのである。

自然と調和した美しい館内

パラフォクシアナ図書館の内装は、決して豪奢ではない。しかし、館内をゆっくりと歩いてみると、自然をうまく取り入れて作られたその空間は、どこを切り取っても美しく気品があり、訪れた人をやさしく包み込んでくれる。

人工灯がひとつもない館内は、窓から差し込む自然光で柔らかく照らされ、温かだ。

太陽光がふんだんに入る窓辺は時間と共に刻々と表情を変える。

部屋の奥にはレタブロ(飾り壁)が飾られ、その中央に14世紀にシチリアのニーノ・ピサーノ氏によって描かれたトラパニの聖母マリア像が微笑みを浮かべている。天井から漏れ入る光に照らされたレタブロを見ていると、まるで教会の中にいるかのような穏やかな気持ちになる。

館内に入ると真正面に見えるのがこの輝くレタブロだ。

そしてなかでも際立って美しいのが、プエブラやその近郊の杉や松で作られた3階構造の本棚だ。創設時に5千冊だった蔵書は、様々な著名人から本の寄贈を受け、現在は4万5千冊にのぼる。

本は内容のテーマによって分類されている。

当初1階部分のみだったこの本棚は、およそ1世紀後の1773年、増加した蔵書を収容するためフランシスコ・ファビアン・イ・フエロ司教が増築を指示したことで、現在の姿となったのである。1階には聖書に関する本、2階には教会と神学に関する本、3階には人間科学に関する本が収められている。

また、蔵書のなかには16世紀にスペインから印刷技術が持ち込まれた直後にメキシコで作られた初期印刷本や、インキュナプラ(1500年以前にヨーロッパで活字印刷された本)などの大変貴重な本が含まれ、それらの一部は、訪れた人が見学できるよう本棚から出され展示されている。

一部の本は見開きの状態でガラスケース内に展示されている。

パラフォクスが与えたかった希望とは

1981年、メキシコ政府がこの場所を国の歴史的重要文化財に登録したことで、パラフォクシアナ図書館は公共図書館から博物館になり、市民が自由に本を手に取ることはできなくなった。さらに2005年には、ユネスコがこの図書館を世界記憶遺産(Memory of World)(※)に登録した。

現在、見学者が本に触れることはできない。

現代の世界において、公共の図書館は当たり前の存在になり、人々にとって本は随分と身近になった。

しかし、こうなる以前の時代を生きた人々にとって、本はもっと遠い、手の届かない「窓」だったはずだ。「開けばその向こうに新しい世界が広がっている」と知りながら、その窓に手の届く一握りの人になれないもどかしさを抱えた若者も、数えきれないほどいただろう。

パラフォクスは自身の本を寄贈することで、そういった人々に希望を与えたかったのではないだろうか。求める人には誰でも、「知の窓」を開く権利がある。彼が作ったパラフォクシアナ図書館には、そんなメッセージが込められているように思えてならない。

※ユネスコ世界記憶遺産
「世界的に重要な記録物への認識を高め、保存やアクセスを促進すること」を目的にユネスコが1992年に始めた事業の総称。1995年から「人類史において特に重要な記録物」を国際的に登録する制度が実施されている。(文部科学省ホームページより抜粋)

Biblioteca Palafoxiana/パラフォクシアナ図書館
公式サイト:https://palafoxiana.com/biblioteca/
住所:5 Oriente Núm. 5, segundo piso Casa de Cultura del Estado de Puebla, colonia Centro, C.P. 72000

文・写真/北かえ(メキシコ在住ライター)
標高2250mのメキシコシティ在住ライター。日本のメディアでインタビュー記事やメキシコを題材にしたコラムを執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

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