文・写真/北かえ(海外書き人クラブ/メキシコ在住ライター)

メキシコ中部の街、グアナファトは、周辺の鉱山の豊かな銀によってスペイン植民地時代から発展を遂げ、1988年にユネスコ世界遺産に登録された。今も残るコロニアル建築のカラフルな街並みは、世界中の多くの旅人を魅了し続けているが、実はこの街は、メキシコ独立戦争の歴史的な一戦が繰り広げられた舞台でもある。

美しいグアナファトの街並み

グアナファトの発展と新倉庫の建設

人々で賑わう街の中心から離れ、石畳の道を北西方向へと歩くことおよそ10分。突然ぽっかりと目の前がひらけ、まるで要塞のような煉瓦造りの建物が現れる。グアナファト州立博物館、別名「アロンディガ・デ・グラナディータス」だ。

戦いの舞台となったアロンディガ・デ・グラナディータス

スペイン語で「アロンディガ」は倉庫、「グラナディータス」は穀物を意味する。その名の通り、この建物はグアナファト住民の生活を支えるための穀物倉庫として建てられた。

スペイン植民地時代、グアナファトでは銀の採掘を中心とした経済活動が盛んに行われ、人口が順調に増加していった。街にはすでに穀物倉庫が存在していたが、増え続ける住民に安定的な食糧供給を行うためには、より大きい、新たな倉庫の建設が急務となっていた。

1796年、当時グアナファト州の監督官であったフアン・アントニオ・デ・リアニョ・イ・バルセナス(以下、リアニョ)は、新倉庫の設計と建設予算の作成を命じた。建設作業は1798年1月5日に始まり、およそ11年後の1809年11月7日に完了した。

しかし、アロンディガ・デ・グラナディータスは完成からたった8か月ほどで、その倉庫としての役割を終えることになる。

歴史的一戦、そして英雄の誕生

1810年9月16日、グアナファトから北東におよそ55km離れたドローレス村で、メキシコ独立革命の引き金となる出来事が起きた。神父ミゲル・イダルゴが群衆を前に、植民地政府とスペイン本国政府を批判する演説を行ったのだ。イダルゴは、演説に熱狂した先住民や農民を率いて武装蜂起を起こし、州内の拠点都市であるグアナファトへと向かった。

ドローレス村での蜂起を知ったリアニョは、植民地政府軍を集めてアロンディガ・デ・グラナディータスに立て籠もり、防衛体制を強化することを決めた。

9月24日の夜、武装した多数の男たちが、食糧や財産を持参し、アロンディガ・デ・グラナディータスに集まった。彼らの中には家族連れの者もいた。建物内にはおよそ600人がひしめき合い、300万ペソ分もの財産が持ち込まれていたという。

9月28日の朝9時、イダルゴ率いる反乱軍からの使者2名が現れ、立て籠もる植民地政府軍に対し降伏を求めた。しかしリアニョがその要求を断ったため、正午頃、2万人にのぼる反乱軍がアロンディガ・デ・グラナディータスを襲撃した。このとき反乱軍には、ドローレス村で蜂起した先住民や農民に加え、グアナファト近郊の銀山で働く鉱山夫たちが多数参加していた。

この戦いを語るうえで欠かせないのが、ひとりの英雄の存在だ。男の名は、フアン・ホセ・デ・ロス・レジェス・マルティネス。グアナファト州のメジャド鉱山で働く貧しい鉱山夫で、「ピピラ」の愛称を持つこの男は、反乱軍の一員として蜂起に参加し、隊列の後方にいたが、アロンディガ・デ・グラナディータスへの突入が難航すると、隊列の前方へと歩み出て、イダルゴにこう進言したとされている。

「わたしが扉を燃やします」

グアナファトの高台には英雄ピピラを称えた記念像が立てられている

ピピラは、背後からの砲撃に備えて背中に石板を背負い、一方の手にはたいまつを、もう一方の手には油を持ち、地面を這うようにして、扉へと近づいた。油をかけ火を放つと、扉は燃え上がり、反乱軍は建物の中へとなだれ込んでいった。

激しい衝突は日暮れ近くまで続いたが、リアニョの銃殺をきっかけに植民地政府軍に混乱が広がり、反乱軍が勝利を収めた。この日の戦いは、メキシコ独立戦争における最初の武力衝突であり、メキシコを独立へと導く反乱軍側の歴史的勝利であった。

英雄ピピラは現実か、それとも幻か

アロンディガ・デ・グラナディータスは現在、グアナファト州立博物館として一般公開されている。

穀物倉庫として建てられたとは思えないほど威風堂々とした内部
1階回廊内の火は独立の情熱を表し、毎年9月28日に点火式が行われる

圧巻なのは、グアナファト出身のアーティスト、ホセ・チャベス・モラードによって1955年と1966年に描かれたという壁画だ。スペインによる征服と植民地時代の幕開け、神父ミゲル・イダルゴによるメキシコ独立の動き、そして植民地体制の崩壊の歴史が、3枚の壁画のなかに表現されている。9月28日の戦いの様子は天井に描かれていて、石板を背負ったピピラが左手に掲げたたいまつからは、激しい闘いを予感させるような赤黒い煙がもうもうと立ち昇っている。

天井画に描かれたピピラ

しかし、実は歴史学者の中には、「ピピラは存在しなかった」という説を主張する者もいる。メキシコ国立自治大学の歴史学者であるアルフレド・アビラ氏は、メキシコ国内ウェブメディアのインタビューのなかで、次のように話している。

「ピピラは、アロンディガ襲撃に参加したすべての鉱山夫たちを表すメタファーです。彼のような英雄像を作り上げ、メキシコという国をひとつにまとめるのが目的だったのです。ピピラは存在しなかった。けれど、たしかに『名も無きピピラ達』は存在したのです」

貧しい鉱山夫から英雄となったピピラは、メキシコの人々に愛され続けている

グアナファトの街は、世界的な観光地でありながら、実際に歩いてみると、不思議なまでの静けさを感じる。歴史の目撃者となったアロンディガ・デ・グラナディータスに英雄の真偽を問うてみても、返ってくるのは沈黙だけだ。

しかし、もしグアナファトを訪れることがあれば、街はずれに佇むこの博物館の前で、目を閉じ、遠い過去に想いを馳せてみてほしい。きっと、かつての人々の熱情と、幻の英雄の姿をそこに感じられるだろう。

グアナファト博物館前に立つと丘の斜面に色鮮やかな家々を眺めることができる

Museo Regional de Guanajuato(Alhóndiga de Granaditas )/グアナファト州立博物館(アロンディガ・デ・グラナディータス)
公式サイト:https://sic.cultura.gob.mx/ficha.php?table=museo&table_id=1004
住所: C. Mendizábal 6, Centro, 36000 Guanajuato, Gto.

文・写真/北かえ(メキシコ在住ライター)
標高2250mのメキシコシティ在住ライター。日本のメディアでインタビュー記事やメキシコを題材にしたコラムを執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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