文・写真/横山忠道(海外書き人クラブ/タイ在住ライター)
タイの世界遺産というと「古都アユタヤ」を想起される方が多いと思うが、その壮大さと歴史的な価値からアユタヤに匹敵するのが「スコータイ」である。タイ人による最初の王朝とされるスコータイ王朝の都であったこの地は、タイ人にとって特別な思い入れがある場所で、周辺2都市の歴史公園とともに「スコータイ歴史公園」はユネスコ世界遺産に登録されている。そんなタイ人の「心の故郷」の魅力を探ってみよう。
■500年の眠りを経て迎えた「幸福の夜明け」
スコータイとは「幸福の夜明け」という意味。その王城の地は、現在は旧市街と呼ばれる城壁と水路に囲まれていたエリア(1.8キロ×1.6キロ)にあり、城壁外に点在するものを含めると、大小合わせて200ケ所以上もの遺跡が残っている。
この地はかつて隆盛を極めたアンコール帝国の支配下にあったが、13世紀初頭に「夜明け」が訪れる。1238年にタイ人の軍がクメール人太守を追放して「スコータイ王朝」を樹立したのだ。これがタイ人による最初の独立王朝とされる。
スコータイは版図の拡大とともに独自の文化・芸術を開花させ、のちに「タイ史上で最も幸せな時代」とうたわれるほど繁栄したが、15世紀にアユタヤ王朝に併合された後この地は打ち捨てられ、長く密林の中に埋もれていた。そして1950年代に「第二の夜明け」が訪れる。タイ政府が遺跡の発掘と修復に着手し、ユネスコの協力を得て1991年には世界文化遺産に登録されたのだ。500年の眠りを経て、スコータイは見事に「歴史公園」として蘇ったのである。
■スコータイ文化の真髄がわかる『ワット・マハタート』
そんなスコータイ王朝の栄華の跡を最も実感できるのが、王室寺院であったとされる『ワット・マハタート』である。
マハタートとは仏舎利(釈迦の遺骨や遺灰)のことで、この寺院がスコータイの中でも特に重要な地位にあったことがわかる。
本堂跡を主仏塔へ向かって歩みを進めると、廃墟となった今でも、当時の偉容をひしひしと感じることができる。
絶対に見落としてはならないのが、主仏塔の基壇部を囲む「遊行する仏弟子」の漆喰彫刻だ。軽やかに歩を進める僧たちの姿から、幸福と豊穣に満ちた時代背景を窺い知ることができる。
主仏塔の左右に立つ巨大な仏像のうち、向かって左側はスコータイ美術の典型的なモチーフである「遊行仏」である。仏陀が三十三天から地上に降下する姿とされるが、その穏やかに笑みをたたえた表情を眺めていると、現在「微笑みの国」と称えられるタイ人の原点が、ここスコータイにあるような気がしてならない。
■タイのひな形を作った元祖・国父『ラムカムヘーン大王』
スコータイの最盛期は、タイ史上における「三大王」の一人とされる第三代「ラムカムヘーン大王」の時代である。
1278年から40年間の治世において、版図をマレー半島から現在のラオスまで拡大しただけでなく、王が「国父」と呼ばれて温情をもって民衆に接するという姿は、後世の王朝にも大きな影響を与えている。また、スリランカから上座仏教を受容して国教としたのもこの王が最初である。現在に至るタイという国の原型が、この大王によって作り上げられたのである。
■スコータイ最大の大仏に魅了される『ワット・シー・チュム』
そのラムカムヘーン大王時代に建立されたとされるのが、城壁外の北西約1キロに位置する『ワット・シー・チュム』である。
「アチャナ仏」と呼ばれる仏坐像は、高さ15メートルという圧倒的なスケール。しかし、その表情は泰然として慈愛に満ちており、シルエットは女性的ですらある。
特筆すべきは、しなやかな曲線を描く右手指の官能的な美しさだ。参拝客は次々と指先に触れ、お供え物を手向けてゆく。
■極楽浄土の世界を彷彿とさせる『ワット・サー・シー』
数多あるスコータイ遺跡の中でも、城壁内中央北寄りの池に浮かぶ『ワット・サー・シー』の優美さは別格だ。
主仏塔には、王自ら出家するなど仏教の振興をさらに進めた第六代リタイ王(在位1347~74年)の遺灰が納められている。間近から建造物や仏像を堪能したあとは、ぜひ対岸のラムカムヘーン大王銅像あたりから全体を俯瞰してほしい。
風雅な水の景観に思わずうっとりするが、これは仏教の宇宙観を表現しているのではないだろうか?とも考えてしまう。極楽浄土が現出したかのような異次元の美しさだ。
■多文化融合の原点がここに・・・『ワット・シー・サワイ』
ワット・マハタートの南側にある『ワット・シー・サワイ』も興味深い遺構だ。スコータイ最古の建造物とされるが、元々ヒンズー教の神殿であったのを仏教寺院として転用したものだ。
元々あった遺産を損なわず、新しい文化を重層的に取り入れた軌跡がここにある。現在のタイの仏教寺院でも、仏像とともにガネーシャなどヒンズーの神々が信仰の対象になっているが、旧来の伝統と外来の思想を仲良く同居させるタイ人の気質は、スコータイ時代から引き継がれてきたものと考えてよいだろう。
■スコータイの魅力とは?
王都スコータイは、アユタヤ王朝の勃興に対抗するため、1362年にピッサヌロークに遷都して終焉を迎える。1438年にアユタヤに併合されたあと、この地は密林の中で数百年に渡る静かな眠りについた。そのため、スコータイ歴史公園は13~15世紀の古都が手つかずのまま残っている世界的にも貴重な場所なのだ。
たとえ廃墟となっても、この地から発祥した政治体制や精神文化は人々によって脈々と受け継がれ、現在のタイという国の底流となっている。スコータイがそんなタイ人の「心の故郷」であることを考えながら歩くと、遺跡観光はさらに感慨深いものとなるだろう。
■スコータイへのアクセス
スコータイは首都バンコクから北バスターミナル発のバスで所要7時間。新市街から歴史公園へは乗り合いタクシー(30バーツ=105円)を利用。ワット・マハタートを中心としたエリアは料金所で入場料(100バーツ=350円)を支払う。各遺跡を周遊するトラムは便利であるが、じっくり探訪するなら自転車・バイクをレンタルするのがオススメ。
●注:記載した情報は2018年10月現在のもの。日本円は「1バーツ=3.5円」で計算。
文・写真/横山忠道(海外書き人クラブ・タイ在住ライター)
2004年に日タイ政府間合弁技術者育成事業に従事したのを端緒とし、その後一貫して日タイを繋ぐ活動に専念。2014年にチェンマイ移住。リサーチ・分析スキルを持ち味とした執筆活動を続ける。 海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)所属。