文・写真 / 東里泰晃(海外書き人クラブ/タイ在住ライター)

豚、海老、鶏。タイにまつわるモノとしてこの3つを挙げたら、読者の皆様は何を思い浮かべるでしょうか。ある程度タイに通な人であれば、「パッタイの具?」といったところかと思います。
実はこの3つ、タイの企業に勤務する筆者が先日出席した、社内会議の参加者の名前です。よほど変なビジネスネームを使用させている会社かと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。この「豚(ムー)」「海老(グン)」「鶏(ガイ)」は、実はタイではよくある名前なんです。

豚、海老、鶏…。出席者の名前を呼ぶだけでお腹が空きそうな会議

本名よりも認知されるニックネーム。 同僚や同級生の本名を知らないことも

タイの人々はほぼ例外なく、本名とは別に「シュー・レン」と呼ばれるニックネームをもっています。ニックネームというと、日本人は職場や学校でつけられるあだ名をイメージしますが、タイの場合は、生まれた時に両親が命名します。基本的には生涯を通じて両親がつけたニックネームを使い、公私に亘り、改まった場でない限り、ニックネームでお互いを呼び合います。
この為、親友同士であっても、お互いの本名を覚えていないことも珍しくないのです。タイの職場でよく見かける光景が、同僚からメールを受け取った際、「これ、誰だっけ?」という反応。普段はお互いをニックネームで呼び合うのですが、メールアドレスは本名に基づいているので (Hanako.Tanaka@XXX.comと言った具合)、慣れていないと混乱を招きます。

動物の名前をつけるのは、赤子を悪霊から守る為

タイでニックネームが使われ始めたのは、ハリウッド映画「王様と私」でも有名なラーマ4世 ・モンクット王の時代 (西暦1850-1860年代)と言われています。今ほど医療技術や衛生環境が充実していなかった昔は乳幼児の死亡率が高く、当時の人々は、悪霊が子供の魂を連れ去ってしまうのだと考えていました。故に、自分の子供が悪霊に人間だと悟られない為に、動物や植物の名前をあえてニックネームとしてつけることが多かったのです。冒頭で紹介した筆者の同僚、「豚さん」「海老さん」「鶏さん」は正にその好例と言えます。他にも、象 (チャーン)、魚(プラ―)、蟻(モット)など、動物の名前をニックネームにしている例を挙げたら、枚挙にいとまがありません。

「象」とは、さすがタイらしいニックネーム

同僚の「豚さん」は中々のスレンダー美女、「おチビ部長」は身長180cm

ニックネームは生まれた時に命名され大人になっても使われるため、名前とその人の特徴が全く一致しないケースも珍しくありません。先述の筆者同僚「豚さん」は中々のスレンダー美女です。筆者の上司にあたる部長は「レック(おチビ)」さんは180cmを悠に超す、たくましい体格の持ち主です。「名前負け」とも「名前勝ち」ともつかぬ、ニックネームと実物の間に大きなギャップが生まれています。

イッキュウ(一休)ちゃん、iPhone君。トレンドを反映するニックネーム

ニックネームの付け方も、時代と共に変化しています。外来文化が浸透してきた現代で増えてきたのは、なんとなく響きの良い英単語、例えばビア (Beer)、ゴルフ(Golf)、バンク(Bank)。蛇足ですが、筆者の知るビアさんは全くの下戸、ゴルフさんはベストスコア130、バンクさんの職業は銀行員ではない、と、いずれも先ほどの例に漏れず「名前負け」しています。

尚、日本に関するニックネームもあり、その典型が「イッキュウ」。日本のアニメ「一休さん」はタイで長年放送され大人気を博した番組で、その影響から子供を「イッキュウ」と名付ける親も多いそうです。
最近では、「iPhone」「Facebook」など、まさに最新のトレンドを反映したニックネームが増えています。

本名は複雑で長い

そもそも現代のタイで、基本的にニックネームで呼び合う理由の一つに、タイの人々の本名が異様に長いことがあります。
本名はニックネーム同様、両親が命名することもありますが、さすが仏教国のタイ、僧侶に命名してもらうことも少なくありません。故に、上座部仏教の経典で使われるパーリ語、タイ語の源流となっているサンスクリット語に由来し、複雑な名前になることが多いのです。

タイは国民の9割が上座部仏教徒

また、苗字についても、尋常でない長さのものが多いです。1910年代に法律が改訂され身分に関係なく苗字を名乗れるようになりましたが(それまでは王族や貴族のみが苗字を名乗ることを許された)、その際に「他人と同じ苗字は嫌だ」と思った人たちがとんでもなく長い苗字を名乗り始めたのです。
例えば、タイで著名なサッカー選手に、過去約15年間タイ代表チームに名を連ねたシンタウィーチャイ・ハタイラッタナクーンというベテランゴールキーパーがいますが、なんとも実況泣かせな名前です。(実際には、実況中継ではニックネームを使って選手を呼んでいます。)

ニックネームは一生モノ、本名の変更は日常茶飯事 

そんな本名ですが、なんと、タイの人にとって、本名の変更は珍しいことではありません。役所に届ければいつでも簡単に改名・改姓することが出来、人によっては生涯で数回変えることもあります。「名前の運気が人生を決める」と考えているタイの人々は、ビジネスに失敗するなど「最近運がないな」と感じると名前を変えることがよくあるのです。ニックネームが一生モノであるのに対し、本名の変更は日常茶飯事。日本人には少し驚きの感覚です。

今や日本人にとって最も人気のある海外旅行先の一つで、身近に感じられる国となったタイですが、実際にタイの人々の名前を知る機会は多くないのではないでしょうか。コロナ禍が明け、読者の皆様が自由に海外旅行を出来るようになったら、ぜひタイにお越し頂き、出会った人々にニックネームと本名を聞いてみてください。地元の人との距離がグッと縮まると同時に、タイの流行・トレンドを知るきっかけにもなるかもしれません。

文・写真 / 東里泰晃(タイ在住ライター)
タイ在住歴7年。バンコクにて会社員生活を送る傍ら、タイの社会・経済・歴史・文化などに関する執筆、寄稿、写真提供。タイの他、中国・オーストラリアでの在住経験も有。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

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