文/晏生莉衣
新型コロナウイルスによる「休校体験」から子どもたちに学んでほしいこと【異文化リテラシー レッスン9】新型コロナウイルス感染拡大防止のための休校という異常事態。子どもたちにとっては、それまでは学校に通うのは当たり前だと思っていた日常の前提が大きくくつがえされる体験となりました。

しかし、この感染症(COVID-19)がパンデミックとなり、多くの国々で休校措置が取られるようになる以前から、世界では約2億6千200万人もの初等・中等教育年齢の子どもや若者が学校に通えていないことが報告されています。これは入手可能な国際データによる2017年の状況を表したもので、初等教育は日本の小学校教育、中等教育は中学校・高校教育にあたるのですが、同年の日本の小中高在学者数は約1千312万人です。つまり、COVID-19がまだ発生していなかった当時でも、世界には学校に通えていない子どもや若者が日本の小中高校生の全体数の約20倍もいたということになります。日本は少子化で生徒数が年々減少していますが、それでもこうして比較してみると、COVID-19のパンデミック化とは無関係に学校教育を受けられない子どもたちが世界にどれだけいるか、考えさせられます。

学校が武力攻撃や治安悪化の犠牲に

世界各地で子どもたちが学校に通えない原因の一つが武力紛争です。様々な紛争が続くアフリカ西部・中部地域では、2017年末から2019年中頃にかけて、攻撃の危険の高まりのために閉鎖や休校状態に陥った学校数はそれまでの3倍近くになり、ブルキナファソ、カメルーン、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、マリ、ニジェール、ナイジェリアで9200校以上が閉鎖され、191万人以上の子どもが教育の機会を失うことになりました。それ以前から最北部で大量の難民が発生していたカメルーンでは、英語圏の分離独立を巡る新たな対立により、2020年初めには、北西部と南西部で公立小学校の約90パーセント、公立中学校の約80パーセントが休校、これによって85万人以上の子どもたちが学校に通えなくなっています。

新型コロナウイルスの世界的感染拡大が始まる少し前の2020年1月には、このアフリカ地域を含め、約1億2千800万人の初等・中等教育学齢の子どもが紛争の影響で学校に通えていないことが報告されています。攻撃で学校が破壊されてしまった、教師が亡くなってしまったという理由から授業ができなくなるだけではありません。校舎はあるものの、学校周辺への攻撃や治安悪化を恐れて生徒が通学できなくなってしまう事態が頻発しています。こうした危険地域では、子どもたちは命がけで学校に通わなければならず、命を守ることを選べば学びの機会を失ってしまうというアンフェアな選択を常に強いられます。しかし、通学を控えれば子どもたちの安全が保障されるわけではなく、学校以外の場所にいる子どもがさらわれたり勧誘されたりして「子ども兵」にされてしまうという危険も潜んでいます。

紛争が9年にもわたって続く中東のシリアでは、子どもたち260万人が国内避難民、250万人が国外難民となっていて、そのうち、国内避難民200万人、国外難民80万人の子どもたちが学校に通っていません(2019年末時点)。学校に行けなくなった子どもたちについては、生存の手段としての児童労働、児童婚、子ども兵という懸念が高まっており、これまでに約4700人の子どもたちが兵士となったことが確認されています。

失われた学力

このような紛争の影響下で難民となった子どものうち、国際支援が届いている難民キャンプにたどり着くことができれば、インフォーマルながらも子どもたちは学習機会を得ることはできます。しかし、紛争によって何年もまともに勉強することができなかった子どもたちは、本来なら身につけているはずの学齢相当の知識を欠いているために、レベルを下げて勉強を再開しなければなりません。

ミャンマーでの迫害から逃れてバングラデシュの難民キャンプで生活するロヒンギャ民族は85万人以上。その子どもたちは、さらに別のハンディを負っています。約31万5千人のロヒンギャ難民の子どもたちがキャンプ内のインフォーマルな環境で学んでいますが(2020年2月時点)、ユニセフ(UNICEF: 国連児童基金)支援の学習を受けている14歳までの児童のほとんどが小学2年生レベルまでの学力しかありません。少数民族であるがゆえに、ロヒンギャ民族にはミャンマーでの法的な市民権が与えられず、難民となる以前の貧困に苦しむ暮らしの中でも、ロヒンギャの子どもたちは十分な教育機会を得ることができませんでした。そのため、小学3年生以上の学力を持つ子どもたちはほとんどいないのです。現在の難民というステータスに加え、マイノリティ、貧困という不利な条件がいくつも重なって、自分たちの能力を伸ばす機会を奪われてしまっている子どもたちは、ロヒンギャ民族に限らず、世界中に存在しています。

そして、今回のCOVID-19のパンデミック化で、多くの難民キャンプが機能不全に陥ることが懸念されています。急ごしらえの難民キャンプの生活では清潔な水で石鹸を使って手を洗うこともままならず、密集して暮らす生活環境でソーシャルディスタンスを取ることもできません。新型コロナウイルス感染の危険から十分に身を守る術がない難民の子どもたちはさらに厳しい状況に追い込まれており、安全に学ぶことがむずかしくなっています。すでにバングラデシュのロヒンギャ民族の難民キャンブでは実際に新型コロナウイルスの感染が報告されていて、今後の感染拡大が懸念されています。

不条理に苦しむ世界の子どもたち

子どもたちが学校に通えないもう一つの大きな原因が貧困です。2020年前後の国際データによると、低所得・中所得の国々に住む子どもたちの53パーセントが10歳になっても基本的な読み書きができません。また、世界全体で最も貧しいと分類された貧困家庭の10歳から19歳の子どもや若者のうち、小学校に一度も通ったことがない、あるいは小学校を中退した者の割合は、女子が44パーセント、男子が34パーセントで、そのうち、一度も小学校に通ったことがないのは女子で30パーセント、男子では20パーセントでした。(注1) 女子の割合が男子に比べて高いというデータには、貧困という要素に加えて女子が受ける差別という別の要素が表されています。

こうした子どもたちが出かける先は、学校ではなく仕事場です。学校に行って勉強したり友だちと遊んだりする代わりに働く子どもたちは世界中に存在し、ILO(国際労働機関)によると、5歳から17歳までの年齢層で約1億5千200万人が児童労働に従事しています(2017発表の最新データ)。これは日本の小中高校生全体の10倍以上にあたり、そのうちの大半は11歳以下の児童です。その多くが農業に従事する他、産業セクター(主に建設業、採掘業、食品加工や繊維・アパレルなど製造業)、サービスセクター(ホテル、レストラン、卸し売り・小売り販売、自動車修理、交通、家庭・家内労働など)の非正規ワーカーとして働き、危険な労働環境の中での無賃労働、強制労働が行われていることもしばしばあります。強制労働のケースには、児童売買の犠牲者が多く含まれています。

そして、これらのいかなる理由であろうと、労働させられる学齢期の子どもたちは、学ぶ機会の喪失により、学校で身につけるはずの基本的能力を欠いてしまうことから、年齢が上がってもフォーマルセクターで正規の仕事に就けず、貧困のサイクルから抜け出すことができません。こうした不条理は遠い世界の話ではなく、日本からきわめて近い東南アジアの児童労働、強制労働の3割弱がグローバルサプライチェーンに関係して行われています。先進国に住む私たちが気づかないところで、こうした児童労働と私たちの消費生活が結びついていることはけして珍しくありません。

子どもが学校教育を受けられない原因は、この他にも、出身民族に関する差別、少数言語による教育の不整備、学校が遠距離にしかないこと、また、そこまでの通学手段がないこと、安全性や整備に欠ける学校インフラなど、数多くあります。こうしたハンディが一つあるだけでも大変なのに、これらが幾重にも自分の身にのしかかる困難の中で成長する子どもにとっては、学校に通うということ自体、手の届かない贅沢であることすらあります。「学校に行って勉強するのが当たり前」という日本の子どもたちは、自分たちと同じ年頃の子どもたちが抱えるこうした厳しい現実について、どれだけ知っているでしょうか。想像することができるでしょうか。

学校に通ってない子どもたちは日本にも

他方、先進国であっても様々な理由で学ぶことが困難な子どもたちが多く存在しています。障害を持つ子ども、病気で長期入院中の子ども、不法移民の子ども、外国籍の子ども、無国籍の子どもなどへの限られた教育支援という問題や、いじめなどによる不登校問題、ネグレクトや虐待、シングルペアレントなど、親にかかわる問題もあり、日本もその例外ではありません。

そして最近になって日本で問題が表面化したのが、学校に通っていない外国籍の子どもたちの存在です。日本に在住する外国人が年々増加する中、日本在住の義務教育相当年齢にあたる外国籍の子どもたち約12万4千人のうち、約2万人が不就学か、就学状況が確認できない状況にあるという調査結果が昨年秋に発表されました。(注2) これは、小学校、中学校に通う年齢の外国人の子どもたちの16パーセント近くが学校に行っていない可能性があることを示しています。しかし、こうした外国人家族が住む自治体は、「義務教育は日本国民の権利と義務」というロジックで、外国人の子どもについては現状を把握していないまま放置を続けてきました。昨年、文部科学省が初めて調査を行った結果、こうした実態が明らかになったのですが、巷では「ダイバーシティ」や「インクルーシブな社会」がこれからの日本社会の理想像とされる一方で、日本に住む2万人近くの外国人の子どもたちが小学校、中学校で学んでいないか、学ぶ機会へのアクセスがあるかどうかわからないというのが、日本の「インクルーシブ」でない社会の現実です。

* * *

「学ぶ権利」は国際条約の「子どもの権利条約」ですべての子どもに保障された権利です。(注3) さらに日本では、憲法によってすべての国民に「教育を受ける権利」と「子どもに教育を受けさせる義務」が定められています。したがって、義務教育とされている小学校、中学校で学ぶのは日本人の子どもとして当たり前のことなのですが、COVID-19対策の休校で、子どもたちは、それまでは当たり前だった「学校に通う」ということができなくなりました。

2か月以上の休校を経て、日本ではようやく、子どもが再び学校に通える日常が戻りつつあります。子どもたちの中には、その長い休校生活というきわめて特異な体験の中から、「学校に通えることの幸せ」を初めて感じたという子もいるのではないでしょうか。子どもたちには、学校に通えなかった日々の経験を忘れずに、学校に行くことが普通である自分たちの置かれた環境に対して感謝の念を抱くことのできる感性を磨いてほしいと思います。同時に、海外にも目を向けて、自分たちが当然と思っていることを当然のこととして享受できない子どもが世界には数多くいることへの気づきや、それはなぜなのかという問題意識を高め、国際的な広い視野を持った大人へと成長していってほしいと思います。

メディアでは長い休校による弊害や損失について取り上げられ、学校関係者や保護者の心配の声が広く伝えられています。確かに失ったものは少なくありませんが、子どもたちが今回の休校体験を糧にして学べることもまた多いはずです。新型コロナウイルス感染拡大による休校と学校再開をとおして、当たり前の日常生活を可能にしている社会秩序を大切にするというモラル、自分の生きる社会に対する責任感や貢献心、多くの人と平和的に共存するための共感力など、子どもの人格形成に大切な価値観や社会的、情緒的能力を育てる絶好の機会と考えることもできるでしょう。

注1:世界銀行の調査データ(2019年10月発表)及びそのデータ等に基づくユニセフによる統計(2020年1月発表)
注2:文部科学省「外国人の子供の就学状況等調査結果(速報)(令和元年9月27日)」
注3:The Convention on the Rights of the Child. 「児童の権利条約」「児童の権利に関する条約」とも訳される。

<参考資料>
・ILO (International Labour Organization), “Global estimates of child labour” (2017)
・ILO, “Ending child labour, forced labour and human trafficking in global supply chains” (2019)
・UNICEF (United Nations Children’s Fund), Annual Report 2018.
・UNICEF, “Education under threat in West and Central Africa” (August 2019)
・UNICEF, “Addressing the leaning crisis” (January 2020)
・UNICEF Regional Office for the Middle East and North Africa, “Syria 9” (March 2020)
・World Bank, “Ending Learning Poverty : What Will It Take?” (October 2019)
・内閣府「子供・若者白書」平成30年版

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。

『他国防衛ミッション』(大学教育出版)

 

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