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「日本の今」につながる英語とラテン語。その不思議なサバイバル物語【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編20】

文/晏生莉衣
「日本の今」につながる英語とラテン語。その不思議なサバイバル物語【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編20】ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

* * *

日本人が混同しやすいローマ字と英語について、その違いを前回、簡単に紹介しました。今回は歴史を振り返ることで、その違いをさらに明らかにしていきたいと思います。

日本ではローマ字と言われる文字は、世界では一般的にラテン文字、英語ではLatin alphabet(ラテン・アルファベット)と言われています。古代ローマ帝国の公用語として使われていたのがラテン語で、ラテン語を書き記すためのアルファベットがラテン文字です。Roman alphabet(ローマ字)とも呼ばれるのは、ローマ人が使っていた文字だからです。

では、「そもそもアルファベットって何?」という素朴な疑問をお持ちの方のために簡単に言うと、アルファベットとは、英語を始め、多くの言語を書くのに使われる文字のセットのことで、ギリシア文字の最初の2文字、アルファ(α)とベータ(β)に由来します。英語などで使われているラテン(ローマン)・アルファベットだけでなく、ロシア語のアルファベット、ヒンディー語のアルファベットなど、多くの言語に異なるアルファベットがありますが、歴史の不思議哉、世界のアルファベットは同じ起源を持つとされています。

そのアルファベットの起源は紀元前1700年頃にさかのぼり、現在のパレスチナからシリア辺りの地中海東岸、フェニキア地方に住んでいたセム族の言葉にあると言われています。αもβもセム語に由来し、それぞれ「牛」、「家」を意味するセム語の文字からの変形とされます。長くなってしまいますのでポイントだけかいつまむと、それが長い時をかけてギリシア、古代イタリアのエトルリアを経て、ローマに伝わって、ラテン文字となったというのが通説です。ラテン語は古代ヨーロッパの公用語となり、その後、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語など、ロマンス語と呼ばれる多くのヨーロッパ言語が派生していったので、ラテン文字、すなわち日本でいうローマ字が、現在に至るまで、ヨーロッパで広く使われることになりました。ここからは、ラテン文字のことを、わかりやすく「ローマ字」と統一しましょう。

英語の始まりはいつ、どこで?

一方、英語の誕生は、世界史好きの方にはお馴染みの「ゲルマン民族大移動」(4世紀~6世紀)と大きく関係しています。5世紀半ば、後に英語となる言葉の話し手だったゲルマン民族のアングロ・サクソン人が、現在の北西ドイツ方面から、現在のイングランドのブリテン島に渡って住み着いたのが、英語史の始まりとされています。当時、アングロ・サクソン人は、起源に諸説があるルーン文字というアルファベットを使っていたのですが、6世紀末、ローマ教皇グレゴリウス1世の命によるキリスト教の伝道が始まって、歴史が変わります。キリスト教の教えの広がるとともに、ミッションによって持ち込まれたラテン語の聖書がアングロ・サクソン人に読まれるようになっていくと、ローマ字がルーン文字に取って代わって使われるようになったのです。これが、アングロ・サクソン人の言語、今でいう英語へと進化していきました。

言い換えて整理すると、英語は多くのヨーロッパ言語とは違ってラテン語がルーツではなく、ゲルマン語派の系統に属しますが、キリスト教伝来によってローマ字が取り入れられたことで、ヨーロッパの言語同様に、ローマ字を用いる言語として変化していきました。おおまかですが、こうして振り返れば、同じアルファベットの起源から生まれながら生き別れ、別々の場所で成長して言葉として仕事をしていたラテン語と英語が、出会い、融合し、発展していく歴史のロマンと面白さを感じて頂けるのではないでしょうか。他方、ルーン文字にとっては、突然出現したローマ字という異国語の文字に心を奪われたアングロ・サクソン人から、乗り換えられ、捨てられてしまったのも同然の、悲しい運命の物語となったのです。

さらに角度を変えてみると、ラテン語自体は、西ローマ帝国の滅亡によって衰えていく最中にあったので、その文字が、ブリテン島で英語という新たな生命の息吹を得たとも言えます。ラテン語は話し言葉としては消滅しても、派生したロマンス諸語や英語の中で生き続け、ルネッサンスで教養人の言語として復活します。しかし、英語が拡大していくのと反比例するかのように、ラテン語が英語に吸収されていくという、皮肉な結末を迎えました。とはいっても、ラテン語は今でも医学用語を始め、学術用語やカトリック界の公用語として存在感を放ち、欧米では現在も、語学の一科目として教えられています。

英語とラテン語の力関係は逆転しましたが、そもそも英語は外来のローマ字を導入したからこそ、世界でもっとも知られ、使われる言語へと発展していくことができたと考えられます。ラテン語は消滅の道をたどりましたが、パーツとしてのローマ字は、ヨーロッパの多くの言語だけでなく、英語までも制したのですから、ローマ字という文字文化が歴史に与えた影響の大きさを今もって再認識させられます。

最後になりましたが、ここからが日本に関する話です。約1400年前、ブリテン島で、英語がローマ字を使って書かれるようになったという出来事こそが、タイムスリップした現在の日本で、英語と日本語のローマ字表記が同一視されがちな大きな理由です(レッスン19参照)。歴史にIfはないと言いますので、まったくの技術的な話としてですが、英語が別のアルファベット、例えばロシア語のアルファベットのキリル文字で書かれるなら、日本語のローマ字表記とは見た目がかなり違いますから、混同が起こることもないはずです。

英語とローマ字の出会いがなければ、日本だけでなく、この世界そのものが、異なる言葉の文化の中で、ドラマティックに違う歴史を歩むことになったでしょう。空想が、別世界のストーリーとなってふくらむところです。

文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。

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