新着記事

酒倉染とコルクの3WAYバッグ|味わいのある帆布とコルクで作った、使い勝手のいいバッグ

【京都人のお墨付き】「京料理 貴与次郎」店主・堀井哲也さんおすすめの鮮魚卸「ふじわら」

医学部受験合格者1,031人に聞きました! 勉強法から精神面、身体面まで受験直前対策を一挙紹介!!

勉強法から精神面まで、医学部受験合格者に聞いた「受験直前対策」 

【義家族との間】新居資金のための同居のはずが兄夫婦は実家をリフォーム。義姉の自由さが母親を追いつめる~その2~

【義家族との間】新居資金のための同居のはずが兄夫婦は実家をリフォーム。義姉の自由さが母親を追いつめる~その1~

金ヶ崎城全景 現在は周囲が埋め立てられているが往時は海に突き出た岬だった。

信長・秀吉・家康・光秀 四武将そろい踏みの「金ヶ崎の退き口」。舞台となった金ヶ崎城に秘められた歴史があった

太公望(たいこうぼう)~元祖・軍師の実像をさぐる【中国歴史夜話 8】

太公望(たいこうぼう)~元祖・軍師の実像をさぐる【中国歴史夜話 8】

病気もなく、美しい形状の収穫直前の洗馬のぶどう。

【日本ワイン生産者の肖像8】小山田幸紀さん(ドメーヌ・オヤマダ)|自分の人生や思想をワインに表現、その高い到達点を目指して~その2~

「自分なりの栽培法をみつけるまではチャレンジの連続でした」と語る。

【日本ワイン生産者の肖像8】小山田幸紀さん(ドメーヌ・オヤマダ)|自分の人生や思想をワインに表現、その高い到達点を目指して~その1~

ふとした瞬間に気づく「オバ見え」! 8割以上の女性が「見た目年齢」が気になる!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

ピックアップ記事

  1. 『漆椀 ちょもらんま』(中)に、ごはんが盛られた様子(写真左)。『漆椀 ちょもらんま』(小)では、「讃岐オリーブ牛」と松茸の料理(写真右)が饗された。後方の小皿は、ガラス工芸家・藤田喬平さんの「手吹ヴェニス小皿」。写真提供/日本博事務局
  2. MAZDA CX-30は愛されるためにデザインされたとも言える。
  3. 鴨鍋

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

暮らし

【娘のきもち】心配は過剰にしても、何かを押しつけたりは絶対にしない。小さい頃一度も寂しい思いをすることもなかった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

【娘のきもち配は過剰にしても、何かを押しつけたりは絶対にしない。小さい頃一度も寂しい思いをすることもなかった~その1~

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「家の庭で大好きなガーデニングをする楽しそうな母親の姿を見ると、私も嬉しくなってしまいます」と語るのは、真希さん(仮名・39歳)。彼女は現在、都内の貿易関係の企業で英語を使った仕事をしています。丁寧な言葉遣いに、話を伺っている間ずっと姿勢も正しいまま。両親のことを終始笑顔で大切そうに話すところからも、真希さんの育ちの良さを感じます。

門限は18時、就寝は21時。お菓子も母親の作ったものしか食べてはいけなかった

真希さんは神奈川県出身で、両親と2歳下に妹のいる4人家族。両親は上京後に出会い、結婚に至ったそうで、両親とも関東出身ではなく、親族も地方にいると言います。

「両親はお互いが仕事で上京してから出会ったと聞いています。父が福島県、母が九州出身で、親族も関東にはいません。それに両親とも親が離婚しているので、そこまで親族で集まることもなかったですね」

父親はサラリーマン、母親は専業主婦といった普通の家庭だったものの、どちらも過剰なくらいの心配性で、小さい頃からさまざまなことに制限があったそう。

「小学校5年生くらいまで一般道は交通事故に巻き込まれたら危ないと、1人で歩くことは禁止されていました。それまでは親が迎えに来てくれていたり、集団で登下校をしていたり。6年生まで門限は18時で、21時までに寝ないといけなかったから、学校で友人たちのドラマやバラエティー番組の話にはまったくついていけなかったですね。

それにファーストフードも禁止されていて、お菓子は母親が家で作ってくれた無添加のものだけ。母親の手作りはおいしかったんですが、みんなと同じものを食べたくてしょうがなかったです。遠足などで持参するお菓子のみ外で買ったものが許されていたので、学校行事を密かに楽しみにしていたぐらいです」

何かを強要された記憶は一切なし。どんなに忙しくっても子供たちを優先してくれる両親だった

両親は教育にも力を入れていたそうで、塾に通い始めたのは小学校5年生から。さらには英会話スクールにも通っていたとか。

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【娘のきもち】「母親から嫌われたくない」。その思いを消し去ってく…
  2. 【娘のきもち】「母親から嫌われたくない」。その思いを消し去ってく…
  3. 【娘のきもち】父親の存在は絶対的なもの?母子家庭で育った女性がシ…
  4. 【娘のきもち】父親の存在は絶対的なもの?母子家庭で育った女性がシ…
  5. 【娘のきもち】自己肯定感がない自分を絶対的に必要としてくれたもの…
PAGE TOP