文・写真/かくまつとむ
海外では“ジャパン”と呼ばれる漆器。堅牢で美しいその塗り物は、なんと9000年前の縄文早期から日本列島で作られていたそうです。
近年の分析研究では、漆液を採取するウルシの木が、縄文の集落周辺で計画的に栽培されていたこともわかっています。
まさにジャパンの名にふさわしい、日本を代表する工芸品であるところの漆器ですが、現在使われている漆のほとんどは中国産で、国産漆は2%ほどしかありません。
その数少ない漆の産地が、岩手県の浄法寺と、茨城県の奥久慈です。
漆液は害虫や病原菌から身を守るための分泌液で、動物の皮膚に対しても強い炎症(アレルギー反応)を起こさせるウルシオールという成分を含んでいます。
ウルシの木は、傷つくとすぐに漆液を分泌させて傷口をふさぎます。液は次第に粘度を増し、最後はかさぶたのような硬い被膜になります。この漆液を集めて精製した塗料が「漆」です。
この、ウルシの木から漆液を採取する作業を「漆掻き」といいます。漆液は、刃物で幹に傷をつけることによって採取しますが、その専用道具「漆掻き鉋」(うるしがきかんな)は、数ある日本の刃物の中でも形状が特殊で、使い方も独特です。
鉋という名前が示すように、基本的には樹皮を削るための道具です。先端は幅の狭いU字状の、引き削り用の刃になっており、背側には鶏の蹴爪状の小刀がついています。
漆液を分泌する組織は、幹の形成層と厚い外樹皮の間にある内樹皮の中にあります。漆液は、そこを均一に走る乳管の中で作られます。
鉋で傷をつけるのは乳管がある内樹皮。この層を狙い、鉋を幹へ当て、横一文字に外樹皮と内樹皮を削りとります。乳管が切断されるとこの溝に漆液が溜まるので、それを「掻きベラ」という道具で筒の中へ落とし込んでいきます。
切り込みが深いと、木にとって大切な形成層まで傷つき、一気に弱って漆が出なくなってしまうそうです。逆に切り込みが浅ければ、漆液の出る層まで傷が届きません。
そこで鉋はやや浅めに切り込み、背側の小刀で溝の中央に一筋の切り込みを入れるのです。こうすると形成層を傷つけることなく、乳管全部をきれいに切断することができます。
興味深いのは、いきなり傷をつけてもウルシの木は漆液を分泌しないこと。最初はわずか2cmほどの長さで、一定の日数をあけながら等間隔で切り込み傷を長くしていきます。
すると木は、日に日に危機が迫っていると感じるようで、漆液の分泌量を増やし、かつ成分濃度も高くなるそうです。
こうして、良質な漆液が十分に出るようになったところで採取を始めますが、一度にたくさん採ろうと木に負担をかけすぎると、漆液は出なくなってしまいます。幹につける傷も、最後の止め漆という作業までは一定の幅以内に決められていて、一周ぐるりと削ることはありません(縄文時代はリング状に傷をつけていたそうです)。
漆掻き職人は、鉋という刃物を通じて、物言わぬウルシの木と対話をしているのです。
漆掻きの季節は、6月から9月。漆かき職人は変わりやすい夏の空模様を気にしながら、木から木へと移動する忙しい毎日を送ります。
それでも、1本の木から採れる漆液の量は平均すると牛乳瓶1本分(180ml)ほど。漆が貴重で、輸入品に置き変わってしまった理由はここにあります。
いまちょうど、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館で、企画展『URUSHIふしぎ物語 人と漆の1200年史』が開催されています(~2017年9月3日まで)。会場では、漆掻きの貴重な映像も見ることができます。漆のすべてがわかる充実した展示です。興味のある方は、ぜひともお見逃しなく!
【URUSHIふしぎ物語 人と漆の1200年史】
■開催期間/開催中~ 9月3日(日)
■会場/国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
■開館時間/ 9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)
■休館日/月曜(休日の場合は翌日が休館日となります)
https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/
文・写真/かくまつとむ
かくまつとむ(鹿熊勤) 自然や余暇、一次産業、ものづくりなどの分野で取材を続けるライター。趣味は日本の刃物文化の調査、釣りと家庭菜園&酒。『サライ』には創刊号から参画。著書に『鍛冶屋の教え』(小学館)、『日本鍛冶紀行』(ワールドフォトプレス)、『糧は野に在り』(農山漁村文化協会)など。立教大学兼任講師。