文/鈴木拓也
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筆者の両親は、80代半ばになって健在だが、帰省するたびに部屋が散らかっていくのが気になった。
「実家の片付け」が、たびたびニュースになるくらいだから、これは多くの人が直面していることなのだろう。
ところで、高齢となった親が片付けないのは、やはり認知機能の衰えなのだろうか?
実は、そうとは限らないと言うのは、二本松眼科病院の副院長である平松類医師だ。眼科専門医の平松医師は、高齢者を含めた医療コミュニケーションの専門家でもある。これまで接してきた高齢者は10万人を超え、「親の様子がおかしい」といった相談をよく受けるという。
そして先般、これまで得た知見をまとめた『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』(日経BP https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/24/10/11/01646/)を上梓。話題を呼んでいる。
今回は本書から、老いた親の問題行動の捉え方と対処法の一部を紹介しよう。
実家の散らかりは白内障が原因のことも
筆者の両親のように、部屋が散らかり気味だが、会話の受け答えははっきりしていて、認知機能の問題とは思えない場合、どう考えればいいのか?
平松医師は、白内障が原因として考えられる点を指摘する。これは、眼球の水晶体が白く濁って視力が低下する病気。周囲のものが見えにくくなり、色の差もわかりにくくなるのが症状で、80歳を超えれば、ほぼ全員が罹っている。
白内障が進行するとどうなるか。平松医師は、次のように説明する。
テレビは見えるし、新聞も読もうと思えば読める。けれどもなんだか見にくい、読みにくい。そういう曖昧な状態です。(中略)
流しや洗面台の汚れにあなたは気が付いても、高齢になった親は分からないのかもしれません。つまり、家の中が汚れているのを放置しているのではなく、汚れていることに気づいていない可能性が高いのです。(本書42pより)
親と子では、見えている世界がある意味違っているので、子が片付けを催促しても、言うことを聞かないわけだ。
平松医師は、白内障の手術をした後に、患者から「こんなに家が汚れているなんて気が付かなかった」とよく言われるという。ならば、白内障の検査・治療をすすめるのが解決案となるだろう。
また、最低限の安全確保を目標に実家を片付けることもすすめている。高い所にある荷物を整理して万が一の地震に備えるとか、廊下のモノは片してつまずきの原因をなくす。この程度なら、親の了承を得やすいはずだ。
高額なものを購入するのも理由がある
高齢の親の心理的変化として目につきやすいものに、時折高額なものを買うというのがある。
平松医師は、「テレビショッピングで割高な型落ち製品を喜んで買ってしまう」例を挙げている。筆者の両親も、「老舗で大手の生命保険会社だから」と、結構高い生命保険に加入し続けているが、これもその1例かもしれない。
子の世代であれば、インターネットで競合製品の値段を見比べたりして、購入を決断するはず。それを親世代がしないのは、単にネットリテラシーが低いからとは限らない。平松医師によれば、経験や感情で判断しがちとなるのが一因だそうだ。
高齢になると、これまでの人生経験があります。何十年も同じように量販店で掃除機を買ってきた。となると仮にネットで買う方が安かったとしても「トラブルがあったらどうしよう」「ちゃんと届けてくれるかな」など、慣れないことに不安を覚えてしまいます。(本書58pより)
高齢者の感情は、「不安」が1つのキーワードになる。そのため、ブランド信仰が強まったり、店員を頼りに商品を選びがちという点も指摘されている。もちろん、変な商品をつかまされるリスクは回避できるが、割高なものとなりやすい。平松医師は、親の高額な買い物には「目を配る」ようアドバイスする。
しょっぱいものを好むのは味覚の衰えのせい
親の健康を気遣う子としては、食事の嗜好の変化は、気になるポイントになる。
「言われてみれば、なぜか塩気の強いものを好むようになった」と、思われた方もいるかもしれない。
平松医師によれば、これは味覚の衰えが原因だという。視力や聴力と同様、味覚(塩味、苦味、うま味、甘味などの感じ方)も加齢に伴い衰えていくが、衰え方は均一ではない。なかでも塩味の感じ方は、甘味などより衰えが激しく、一説によれば「若いときよりも12倍感じにくくなる」という。それで、やたらとしょうゆをかけたりといった、嗜好の変化として見えてくるわけだ。
塩分の摂りすぎを抑える方法として、平松医師は、うま味や酸味を料理に生かすことをすすめる。これによって食事の風味にアクセントが出て、しょっぱい味付けがなくても、満足できるようになる。
さらに、日本人が不足しがちな亜鉛を積極的に摂るようにとも。亜鉛が足りないと味覚が衰えやすく、それを防ぐねらいがある。「牡蠣、カニ、牛肉、レバー、卵、チーズ」などは亜鉛が豊富だそうで、こうした素材を意識して料理に取り入れるようにしたい。
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本書を読むと、親の様子を見て「認知症か!?」と即断することの危うさがよくわかる。焦る前に、別の可能性はないかと見極めることはとても大事。本書は、その良き手引きとなるだろう。
【今日の親子関係に良い1冊】
『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』
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定価990円
日経BP
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。
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