文/鈴木拓也
「サライ.jp」の書評記事でおなじみの印南敦史さん。
執筆家としてのキャリアは長いが、書評を書くようになったのは、ここ10年ほどの話だという。
きっかけは、ウェブメディア「ライフハッカー・ジャパン」からのオファー。当時の編集長から、「ビジネスパーソン向けの書評を書いてみませんか」との打診があったそうだ。
連載のタイトルは「毎日書評」。文字どおり、1年365日書評を寄稿する、というわけではなかったものの、ビジネス書を「ほとんど読んだことがなかった」印南さんにとって、大きなチャレンジだった。
ビジネス書と一口に言っても、カバーする範囲は広い。パソコンソフトの使い方に特化した本もあれば、分厚い学術書といってもよい本もある。印南さんは、特にこれといったジャンルに絞らず、発売3か月以内のビジネス書を紹介するという縛りだけをつくった。
精選した105本の書評を1冊に
そして10年。「ライフハッカー・ジャパン」の連載は今も続いており、節目の意味も込めて上梓したのが、『10年間で1万冊を読破したライフハッカー書評家が厳選 いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)だ。
本書は、同メディアに掲載された書評から精選し、105本を収載したもの。「対人術」「ファイナンス」「イノベーション」など35テーマに分類して、各テーマ3冊ずつ取り上げている。いずれも、「ビジネスパーソンが出勤途中の電車のなか、スマホでさらっと読める感じ」のスタイルで、1本の書評が本書では2ページのボリューム。
例えば、2019年刊の『直感と論理をつなぐ思考法』(佐宗邦威著/ダイヤモンド社)。その書評の出だしを、抜き出してみよう。
本書でいう「ビジョン」とは、根拠のない直感やいわゆる「妄想」に支えられる、「これがやりたい!」という強い想い。
著者が出会った成功者たちも、実現可能性が見えない突飛な発想=妄想を口にすることをためらわないそうです。彼らは「本当に価値あるものは、妄想からしか生まれない」ことを経験的に知っているのです。
では、どうすればビジョンを描けるのか。本書では「妄想を引き出すための具体的な思考法」として「余白をつくる」重要性を強調しています。(本書14pより)
実はこの書籍、筆者も刊行時に手に取って一読したことがある。しかし、いかんせん自分には未知の概念が多く、途中で挫折した苦い記憶が残っている。この書評を読むと、「この本はそういう内容だったのか」と、つかみを理解でき、再読してみたいという気にさせられる。よくできた書評の真骨頂であろう。
これからは「ビジネス教養」に注目
ところで、個人的に目を引いた点に「年々広がるビジネス教養」がある。歴史やアートなど、今まではリベラルアーツというくくりであったジャンルが、ビジネス書と融合。新たなジャンルを形成しているそうだ。そうした新潮流へ目配せするようになった理由を、印南さんはこう記す。
理由は至ってシンプルで、多くの人が「知らなかった」ことの多さに気づき始めていて、「学ばなければ」という気持ちが高まっているように感じるから。
ここ数年を振り返ってみても、新型コロナの感染拡大があり、ウクライナの戦争があり、世界は大きく変わりました。ところが僕たちはウイルスについてほとんど知りませんでしたし、ロシアとウクライナが何年も前から緊張状態にあったことを“自分ごと”として身近に感じたこともなかったように思います。そういう人はきっと多くて、つまりこの数年でたくさんの人たちが「知らない」ことに気づいたのではないでしょうか。昨今の地政学ブームの背景にも、そうした流れの影響があるように感じます(本書174~175pより)
このジャンルに取り上げられている書籍には、『天才たちの日課』『日本の神様と上手に暮らす法』『ビジネスの限界はアートで超えろ』などバラエティーに富み、興味をそそられる。
また本書は、書評集であると同時に、それ自体がビジネス書でもある。読み通すことで、105冊分のビジネス書のエッセンスをざっと理解でき、そこから思考を広げるなり、原典を読むなりして、自身の血肉へと変えることができる。「最近、本を読んでいないな」というビジネスパーソンに特におすすめしたい1冊である。
【今日の教養を高める1冊】
『10年間で1万冊を読破したライフハッカー書評家が厳選 いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。