家賃200万円のタワマンまで1億円の時計を乗せて走る
タクシーの仕事をしていて感じるのは、貧富の差だという。
「カードも止められて、現金が1000円しかないけれど、保育園に急いでほしいというシングルマザーの女性を乗せたこともありました。保育園まではギリギリというところでしたが、1000円の手前でおろしましたよ。僕がオジサンだから目的地まで連れて行ってくれるという魂胆が見え隠れしていた。僕はね、お金のことで甘えてくる人が大嫌いなんです。あと印象に残っているのは、銀座で1億円の時計を購入した30代の男性を、家賃200万円のタワマンまで走ったこと。見た目も別に冴えない人なんですよ。でも大金持ちなんです」
堂々といちゃつく不倫カップル、企業秘密をべらべらと話すビジネスパーソンなどもいる。
「多くの人が僕を透明人間のように扱うので、最初の頃は面白かったですよ。ナビに住所を入れれば、密室になると思っているんでしょうね。ある広告代理店の人は、企業名を詳らかにしつつ、クライアントの悪口を言っていました。気持ちはわかるけれど、個室でおやんなさいな、って。明らかな企業秘密を話している人もいて、その企業のガバナンス(企業管理体制)を疑ってしまった。たまたまそこの株を持っていたので、売りました。広報をやっていたから、企業も人と同じで一時が万事だとわかる。そういう社員がいるということは、いずれ企業価値は下がる。東京のタクシーは情報の宝庫だと思います」
困った客も多かった。指示通りの道を走れと言い、そうしないと運転席を蹴られたという。
「別にこっちは働かなくても食っていけるし、その男よりも学歴も経験も資産もある。だから容赦なく下ろしますよ。会社に苦情の電話をかけたり、ネットにクレームを書き込みたかったらそうすればいい。でもそういう強い気持ちを持っていると、ひどい客には遭遇しない」
東京から軽井沢まで走り約8万円のところ、10万円を支払われたこともあった。
「面白いことばかり話していますが、仕事だから嫌なことも多いです。お客さんが少なくて売り上げが数千円の日もありますし。でもこの仕事のいいところは、スマホから離れられること。あとドライバー同士の交流があることです。意外と元エリートとか元公務員も多く、どこまでほんとかわからないけれど、面白い話が聞けます。ただ、いつまでも続けられる仕事ではないですよね」
今、隆一さんは、他社に勤務する50代後半の女性ドライバーと知り合い、交際しているという。「あのままネットにハマっていてはこの充実はない」と断言していた。定年後、65歳まで雇用延長する道もあれば、60歳で新しい仕事にチャレンジする道もある。どちらを選ぶかは自分次第なのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。