2024年11月28日、政府は、深刻化するアスリートへの誹謗中傷問題について、本格的な対応に乗り出すことが報道された。被害を受けた選手が法的措置を取る際のサポートや相談窓口設置の支援などを行うという。
隆一さん(63歳)は「定年後は、時間はたっぷりある。延々とスマホを見続け、“正義中毒”になり、内容証明郵便が来て目が覚めました」という。現在はネットから離れるためにもタクシーの運転手の仕事をしている。
【これまでの経緯は前編で】
ネットには仲間がいるという安心感もある
損害賠償金を払っても、スマホがそこにあれば、見続けてしまう。
「それまでは小説を読むのが好きだったのに、物語を楽しむのではなく、作家が間違っていないかファクトチェックをするほうが楽しくなってしまったんです。引っかかることがあるとスマホを出して、調べ始める。気づけばニュースサイトに飛び、コメントを見ずにはいられない。そうするとまた書き込みたくなる。SNSのアカウントをまた作ろうとしたときに、“やばい”と思いました」
同じような意見を持っている仲間がいるという安心感に酔っていたと振り返る。
「僕は半年間、スマホ漬けになり、人格が変わってしまった。1週間も人と話さないことにも気づき、近所のスポーツクラブに入会。それまで避けていた泳ぎを身につけようと、水泳のクラスに申し込みました」
水の中でスマホを見ることはできない。体を動かし、コーチや仲間たちと顔を合わせてコミュニケーションするうちに、「仕事を始めようか」と思うようになった。レッスン仲間と定年後の仕事は何がいいかなどと話したという。
「スマホで定年後の仕事を検索すると、“オンラインで投資講座の講師になる方法”とか“ユーチューバーになるには”などという情報が出るようになるんです。スマホは会話を盗み聞きしているどころか、僕の思考を先読みしているとしか思えない。水泳関連商品の広告も出るようになりましたしね」
隆一さんは自分の存在や名前を全面に出して、目立つことが大嫌いだという。
「だから企業広報を続けられたんです。あくまで僕は職人。スターは別の人でいいんです」
再び就職をするなら、好きで得意だった営業の仕事を始めようと、思いつきで応募した葬儀関連の会社の営業マンの面接を受け、内定も出ていた。ただ、その仕事でいいのかと考えていた頃に映画を見に行った。
「家まで3キロ程度なので、歩いて帰ろうとしていたら、突然、体調が悪くなり、タクシーに乗りました。すると、運転手さんに名前を呼ばれたんです。名前を見ると、現役時代に親しかった大手新聞社の元記者。彼と僕は同じ歳。彼は僕が浪人しても入れなかった早大卒で頭脳明晰、とても尊敬していました」
彼からタクシー運転手になった経緯と、それなりに稼げるという話を聞き、「これだ!」と閃いた。葬儀会社には辞退の連絡をして、翌日にタクシー会社の面接を受けに行ったという。二種免許はリストラの嵐が吹き荒れた40代のときに「もしもの保険に」と取得していた。
「当時は、10日くらいの合宿で取れたんですよ。有給を使って新潟県の自動車教習所まで行ってね。指導教官が本当に嫌味な男で、“こんな男に負けてなるものか”と諦めなかった当時の自分を褒めてやりたい」
さらに英語の日常会話ができる隆一さんは、即採用される。もともと運転が好きで、東京の地理に精通していたため、地理試験も一発合格。1か月の研修を経て、乗務することになった。
「今はまだ1年目ですがだいぶ慣れました。ナビに入れて、ネット決済ですからいい仕事です。多いときは月50万円以上の手取りがあることもあります」
【社会の底から、全体を見るような仕事……次のページに続きます】