団塊の世代が75歳を迎える2025年はもうすぐだ。厚生労働省はこの年をめどに、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を目指してきた。目的は、高齢者が可能な限り住み慣れた土地で、自分らしい暮らしを最後まで続けることだ。とはいえ、人間は老いや病いには抗うことは難しい。

康史さん(63歳)は、看護師の妻(58歳)と東京都内に暮らしている。2人の間には30歳の息子と、28歳の娘がいるがすでに独立して2人暮らしだ。康史さんは60歳で食品会社を定年し、2年間国内外の旅を満喫する。アルバイト程度に仕事をしようと、食事の宅配を経験し、現在は惣菜店の厨房で働いている。

【これまでの経緯は前編で】

弁当を宅配していた高齢者が自ら命を絶った

康史さんは2か月間、高齢者に弁当を宅配するアルバイトをしたが、割りに合わないので辞めた。ただ、家の近所だから土地勘もあり、「こんなところに人が住んでいるんだ」と興味深い仕事だったという。

「うちの近所の豪邸に、80歳くらいの男性が一人暮らししていたんです。そこにもお届けしていました。足腰が達者なのに、配達員を困らせるためにわざとゆっくり出てきて、何も言わずに受け取るようなタイプのジイさんで、“嫌なやつだな”と思っていたんですよ。あるとき、前を通りかかったら、警察と救急車が来ている。どうしたんだろうと思って出勤し、バイト仲間の女性に聞くと、“あの家のおじいさん、自死だって”と教えてくれたんです。聞くとあのジイさんは相当な金持ちで、別居している妻との間に子供が3人もいる。それなのに誰も寄りつかない。朝の1時間、家の門の前に立ち、通学する小学生を眺めていたそうです。その姿が気持ち悪がられていたみたいです」

同僚の主婦たちは、近所の事情に詳しい。その男性の孤独な生活の様子を聞き、康史さんは他人事ではないと思ったそうだ。

「僕の友人にも、あのジイさんみたいな人がいるからね。その日、帰ってきたカミさんにそのことを話すと、“介護の仕事をやればいいじゃない”と言うんですよ。カミさんは訪問介護の看護師をしており、介護の現場で働く人が不足していると教えてくれました」

しかし、資格を取るのも面倒であり、慣れない介助をして自分の腰や膝を痛めてしまうリスクもある。それを妻に話すと、「生活支援員をやってみたら?」とアドバイスをくれた。生活支援員は、自治体が運営している福祉サービスの一環。高齢者や障害を抱える人が利用でき、支援員になると月に1回、担当する利用者のところに行き、生活費を引き出したり、書類を開封して行政手続きをしたり、話し相手になったりするのだという。ただ、キャッシュカードや通帳を預かったり、契約周りの手続きをするために誰でもできるものではない。

「私の場合は、住んでいる自治体のホームページを見て、説明会に参加。その後、面談を受けて採用されました。質問は、家族構成、資産状況、これまでの仕事の経歴、病歴などについて、詳しく聞かれました。翌日に採用の連絡があり、1週間後に8時間程度の講習を受けることに。これは、座学と転倒防止の補助などの実技についてでした。それから生活支援員として登録し、翌週に正規職員と私が担当する2人の方の自宅に行きました」

仕事は月に1回、担当している高齢者や障害を抱える人の自宅に行き、1〜3時間程度、生活をサポートすること。

「キャッシュカードを預かり、10万円程度を引き出して渡し、困りごとを聞く。そして、簡単な掃除をしたり、病院に連れて行ったりすることもあります。僕が担当しているのは、89歳の男性と、失明してしまった65歳の男性。89歳の男性は、特別養護老人ホームの入居待ちで、“自宅で死にたいと思っていたけれど、安心できる施設に行きたい”とよく言います。65歳の男性は、僕に“視界がかすみがかってきたら、すぐに眼科に行って、眼底検査をしてもらいなさい”と何度も言うんです。彼は緑内障に気づかないまま、視力を失ってしまったそうです」

65歳の男性は、元日本料理人で「ハンバーグソースを作るときに、赤味噌を入れるとご飯に合う」とか「カレーに春菊とキムチを入れると、うまい」などの賄い飯のひと工夫を教えてくれるのだという。

「来月も待っているよ、と言葉をかけていただくととても嬉しい。人は、人とのゆるいつながりで生きていると感じます。

【定年後は、絶対に地元でアルバイトをしたほうがいい……次のページに続きます】

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