飲食業の倒産が増えている。調査会社・東京商工リサーチは、2024年上半期(1-6月)の飲食業倒産(負債1000万円以上)は493件(前年同期比16.2%増、前年同期424件)であり、2年連続で過去最多を更新したと発表した。
千葉県内に住む良一さん(75歳)は、代々営む洋食店の4代目として店を継いだが、後継者がいないこともあり20年近く前に廃業した。現在、良一さんは同じ年の妻と共に、悠々自適の生活をしている。
良一さんがかつて経営していた洋食店は、曽祖父が明治時代に始め、祖父、父、良一さんと受け継いできた。人口減と食の多様化で需要が減り、2000年代初頭に廃業を決めた。
【これまでの経緯は前編で】
父の経営者の執念を感じた、福神漬けの掛け紙
廃業したとき、良一さん夫妻は50代半ばだった。父が残した貸しビルは満室で、都内にマンションも何部屋かあった。夫婦で生活するには十分な収入があった。
「店を閉めた後、カミさんは、“長い間、お疲れ様”と。50代で引退は早いかと思ったけれど、“あんたは中学校から店の仕事をしているんだからさ、40年以上も働けば十分でしょ”と言ってくれて、自分を慰めることができました。でも、店をなんとかできなかったという後悔は、いつまでもついて回りました。今でも、“80代の現役コック”などのニュースを見ると、負けたと思いますよ。懺悔の念は長く続いていました」
廃業のとき、最も辛かったのは、米屋さん、肉屋さん、八百屋さんに取引の終了を伝えることだったという。
「祖父の時代から付き合っているところもありましたからね。ウチがなくなれば、彼らの利益も減るってことじゃないですか。あれは辛かった」
廃業した後、店の名前が入った紙ナプキン、マッチ、灰皿などがたくさん出てきたという。
「カミさんは“ご自由に持っていってください”と札をつけて軒先に出しておけと言ったけれど、潰れた店の名前が入ったものなんて、縁起でもないから誰も持っていかないと思って、捨てました」
店舗を片付けるときに「父に申し訳ない」と思ったのは、60〜70年代に使っていた福神漬け用の掛け紙が出てきたこと。
「当時の蕎麦屋の出前は、薬味のネギを小皿に入れて、福助などの絵が描かれた掛け紙をして届けていた。もちろん、そこには店名と電話番号が入っており、リピートに繋げることが目的。それを見た父は“ウチもやろう”と、コックのイラストを入れた掛け紙を作成。それまで皿の端に添えていた福神漬けやおしんこを小皿に入れ、掛け紙をして届けたら、出前の注文が増えた。父はいいと思うものは、なんでも取り入れた。父がそこまでした店を、僕は潰しちゃったんだな、って」
とはいえ、廃業と同時に冷蔵庫もオーブンも壊れた。設備の全てが老朽化しており、事業の存続は厳しかった。
「60年代に父が建て替えた鉄筋ビルを騙し騙し使っていましたからね。雨漏りもしていたので、取り壊すことにしました。時代は本当に変わりますよね。あの頃から、チェーン店が世の中にわっと増えていった。ファミレスはびっくりするほど、安くて美味しい。店をやっている頃は、“工場で大量生産してバイトが温めて出している”なんて悪態をついていたけれど、それはただのひがみ。食べてみると本当に美味しい。ウチは味が古かった。まずくもなければうまくもない。人口が多かったからやっていけた店だったってことですよ」
良一さんは、父に申し訳ないことをしてしまったと、墓に行っては何時間も「ごめんなさい」と言い続けたこともあったという。
【血が繋がらない息子が、後悔を軽くしてくれた……次のページに続きます】