飲食業の倒産が増えている。調査会社・東京商工リサーチは、2024年上半期(1-6月)の飲食業倒産(負債1000万円以上)は493件(前年同期比16.2%増、前年同期424件)であり、2年連続で過去最多を更新したと発表した。

千葉県内に住む良一さん(75歳)は、代々営む洋食店の4代目として店を継いだが、後継者がいないこともあり20年近く前に廃業した。現在、良一さんは同じ年の妻と共に、悠々自適の生活をしている。

ハイカラな祖母が切り盛りする、人気洋食店が家業

良一さんは「僕の人生は店と共にあった」と言う。両親と祖父母は、生まれ育った地域では名の知れた洋食店を営んでいたからだ。

「僕が物心ついたときは、住み込みのコックさん2人、見習い2人がおり、親父、祖父で厨房を回していました。通いのウェイトレスとウエイターが5人くらいいたかな。祖母と母は帳簿を担当していました」

店の支配者は、事実上は祖母だった。祖母は1891(明治24)年に北関東の貧しい農家の家に生まれ、幼い頃から苦労を重ねてきた女性だという。

「僕が幼稚園の頃に、飲食店の組合の会合か何かで、祖母と上野に出掛けた。そして、帰りにデパートでアイスクリームを食べさせてもらっていたんです。そのとき、祖母が“私がお前くらいの頃は、子守りに出されて、働かないとご飯も食べさせてもらえなかった”と言ったんです。祖母から子守り仕事の苦労話は散々聞かされました」

祖母は厳しかった。行儀が悪かったり、いたずらしたりすると、容赦無く竹の物差しで叩いてきた。だから、友人たちのおばあちゃんが優しいことが羨ましかったという。

「でもね、やっぱりウチの祖母が圧倒的にカッコよかったので、祖母のことは好きでした。僕の最初の祖母の記憶は、水玉模様のワンピースにハイヒールで歩いている姿。ハイカラな装いが好きで、そこらのおかみさんたちに後ろ指を刺されても颯爽としていた。いつもタバコを吹かしていて、ダミ声もクールだった」

なぜ、貧農出身の祖母が祖父と出会い、洋食店の女将になれたのか。良一さんは大学生の頃に親戚に聞き込みをしたことがあるという。

「祖母は過去の話を一切しないまま、68歳で亡くなりました。当時、僕は9歳でしたが、どうしても気になって調べたくなったのです」

当時、祖父は亡くなっており、父は祖母についてあまり語らない。祖母の親族とはほぼ連絡が途絶えている。祖母の地元に行き、細い線をたどった先に祖母の妹に会うことができた。

「そこで知ったことは、祖母は10代のうちに地元で結婚したものの数年で離婚し、上京。都心の花街の中居さんになった。そこである経営者と恋に落ち、愛人になる。祖母が20代だった大正時代、男性にとって妻子の他に妾宅を設けることはステイタスでしたからね」

そこで、祖母は持ち前の根性と向上心で、読み書きをものにする。小学校もろくに出ないうちに働いていたから、学問が身についていなかったのだ。

「ただ、字は終生、拙なかった。いつも“私は字が下手だから、あんた書いてよ”と、お礼状などは母が代筆をしていました。母は書道の達人で、祖母は母のことを褒めちぎっていました。でも数字は祖母のほうが美しかった。“きれいな数を書かないと、お金の神様に嫌われる”というのが祖母の口癖でした」

その経営者の勧めで、祖母は27歳のときに祖父と結婚する。当時としては晩婚だ。祖父は親から洋食店を継いだものの、趣味人として知られた2代目だったという。

「祖父は商売も熱心ではなく、水墨画ばかり描いていました。祖母が亡くなった後は、ますます影が薄くなり、父が経営を引き継ぎました。父は祖父とは正反対。カリスマ的で精力みなぎるタイプです。父は先天的に片目の視力が著しく悪く徴兵を免れたことを恥じていました。父の弟2人は戦争に行って帰ってきていませんから、店への使命感は異常なほどでした」

父は料理を作りながら、顧客開拓を続けていた。祖母が亡くなって3年後には祖父も亡くなった。

「分不相応なほど盛大な葬式を出し、母が文句を言っていました。莫大なお金がかかったと思います。今思えば、多分、父は祖父の子ではない。父は祖母を囲っていた経営者の子供なんですよ。それなのに、父が生き残り、祖父の実子2人は戦死した。父は贖罪の気持ちがあったんでしょうね。祖父の好きなようにさせていました。父なりの忠義の尽くし方だったんでしょうね」

祖父が亡くなった後、父は不動産事業を始めたり、出前需要の開拓をしたりしていたという。

「父は従業員をフルに働かせ、時間を全てお金に変える経営者ともいえますが、その分、給料は他の店の倍は払っていた。だから“うちで働きたい”という人はたくさんいましたし、独立した人も、皆うまくいっていました」

【父親に叩かれて猛勉強、大学進学を決めた……次のページに続きます】

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