「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。一般的に旅行や食事に連れて行くことなどと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。
ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、親子関係と、親孝行について紹介していく。
航空チケットもホテルも息子が出すハワイ旅行
東京近郊のマンションに住む光則さん(75歳)は「外ヅラの親孝行なら、ウチの息子(43歳)は100点満点だ」と苦笑する。
光則さんは2歳年下の妻と二人暮らしをしている。現役時代は上場企業に勤務し、部長職で退職した。金銭的にも健康的にも特に苦労をしていることもなく、外からは幸せそうな人生を送っているように見える。
「幸せか、不幸かと質問されれば、幸せだ、と答えるしかない。45歳の娘は立派に仕事をしているし、43歳の息子はしっかり者の女性と結婚して、2人の孫にも恵まれています。夫婦ともに今のところは健康ですし、お互いの両親もすでに亡くなっている。家のローンもとっくに完済しているし何の憂いもないんですが」
光則さんが歯切れが悪い物言いをするのは、1年前に息子一家とハワイに行ったからだ。息子はIT関連会社を友人と立ち上げ、小規模ながらも軌道に乗せている、光則さん夫妻を10日間のハワイ旅に招待した。
「金銭的に不足がない生活をしていますが、海外旅行に行くほどのゆとりはありません。それに、定年退職後、女房が行きたいと言っていた、フランスのモン・サン・ミシェル、ケニアの野生動物の宝庫と言われるマサイマラ国立保護区、ボリビアのウユニ塩湖など世界中を回ってしまって、“もう海外旅行は思い出の中だけだね”と話していたのです。だから息子からの誘いが来たときは嬉しかったですよ。航空チケットもホテル代も出してくれるというんですから」
何よりも嬉しがったのは妻だった。息子は中学時代、不登校になっていた時期があり、そのことでマンション内の“ママさんコミュニティ”で肩身が狭い思いをしたからだ。
「ウチの教育方針や親子関係まで、事実無根の噂話が広められたこともありました。女房は悔しい思いをしたらしいんですよ。私自身は当時、会社中心の生活をしていたので、息子の不登校も妻任せでした。妻がママさんコミュニティの矢面に立っていたので、昔からの顔馴染みに“ウチの息子がハワイに連れて行ってくれるんですよ”とあちこちで自慢していたみたいです」
夫婦で行った世界各国の旅行よりも、息子が連れて行ってくれるハワイ旅行の方が、はるかに妻にとって価値がある。妻は「あら、よくできた息子さんでいいわね」という称賛を集めたという。さらに、中学時代の息子のことを「登校拒否児」とバカにした女性から、何度も「いいわね」と言われ、胸がスッとしたようで、上機嫌だったとか。
「夫が妻をねぎらうために感謝の旅行に連れて行くのは“当たり前”(笑)。まだ足りないと言われるくらいですよ。しかし、息子が両親をハワイ旅行に招待するのは奇跡。今、金銭的に余裕がある若手世代は少ないです。それに、旅行に行けるほどの親子関係を維持している人も多くはないでしょう。親がお金を出して子供や孫を連れて行く話は聞いたことがありますが、その逆はほとんど聞きませんから」
【結婚してから、親の財産を気にするようになった息子…次のページに続きます】