「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。

今、かつて、生活を支えていたサービスや商品が終了するという報道が増えている。8月7日、NTTの島田明社長は記者会見で、傘下のNTT東日本とNTT西日本が提供している国内の電報サービスについて言及。「どこかのタイミングで終了させる方向で公的な場で話を進めるべきだ」と述べたことが報道された。

伸彦さん(75歳)は中学校卒業後に群馬から集団就職で上京。化粧品の訪問販売員を経て、美容師になる。サロン勤務を経て独立し、34歳で結婚。35歳で息子が産まれる。現在は23区内のマンションで一人暮らしをしている。

【これまでの経緯は前編で】

息子が大学を中退してから、人生が崩れていく

伸彦さんの人生は、息子が大学を中退する55歳まで順風満帆だったという。

「50歳になったころから老いも見えてきた。銀座の盛衰と僕の老いが重なり、いいペースでお客さんも減っていった。ガクンと減ったのは、2000年ごろ。カリスマ美容師ブームがあって、学生のお客さんが一切来なくなった。僕も50代になっていたし、若い子の髪を切ることにためらいがあったから、今のお客さんだけ大切にすればいいと。前のオーナーから“お客さんと一緒に年老いるサロンにはしないでほしい”と言われたけれど、僕には無理だった」

50歳からの5年間は、休みも週2に増やして、公私共に充実した日々を過ごしていた。53歳のときに、息子は第一希望の大学に合格。55歳のときに成人式を迎えた。我が子やその友達の成人式のヘアセットをしたときに、「この仕事をしてよかった」と思った。

「息子にこれまでの仕事を認められたようで、本当に嬉しかった。さらに息子は“今までありがとう”と正規のお金を払ってくれたんです。あれもまた親孝行ですよ」

しかし、その直後、息子は最大の親不孝をする。大学を中退したのだ。伸彦さんは息子に初めて手を上げた。「お前はもう子供ではない」と怒鳴り、息子も「二度と会わない」と出ていった。それから1か月後、店舗の大家さんから“ここ数年で立ち退いてほしい”と言われた。

「当時、55歳。中途半端な年齢なんですよ。新たに店を出す気力もないし、仕事を辞めるには早い。一国一城の主だったから、人に雇われるのもまっぴらごめん。さらに、僕のセンスが時代遅れなのも自分が一番よくわかっている。どこかの美容師のマネージャー的な立場になるにせよ、若い子を束ねることはできない。誰かを雇って経営者になるのはそれ以上に無理。立ち退きは数年後でいいと言われたけれど、不安と悩みが尽きなくなった」

大家さんに退去してほしい理由を聞くと、相続の問題だという。

「美容師は人の話を聞くのが仕事。相続をめぐるきょうだい間の争いについて、散々話を聞いていました。銀行の窓口で50代のきょうだいが怒鳴り合ったとか、トイレットペーパーまで遺産にカウントして、ミリ単位で切り分けたとか、そんな話。当時、70歳の大家さんは3人の子供たちが揉めないように財産の整理をしていた。そこはきょうだい仲がとても悪い。さらに、嫁や婿も絡んできて、誰かの命が奪われる可能性もあるとか。先祖代々の土地を売却しているって。大家さんから“お宅は一人でいいですね”とげっそりした顔で言われましたよ。お金持ちにも苦労があるんだなと」

4年間かけ、店じまいをすると決めてから数年後、妻の体調が悪くなっていった。

「病院に行ったほうがいいといっても、検査が怖いからとか、面倒くさいからなどと言って、行かないんですよ。“私は両親も体が丈夫だから”などと言うので、こっちも面倒くさくなるじゃないですか。そのうちに食欲が落ちて、ものを食べなくなった。病院に連れて行くと、食道がんでステージ4だという。すぐに手術になりましたが、かなりひどい状態だったようで、半年の闘病の末に亡くなりました。あのときに思ったのは、首に縄をかけても病院に連れて行くべきだった」

妻は病気がわかってから、亡くなるまで日記をつけていた。

「痛いとか、苦しいとか言わない人なんです。いつも明るく笑っていた。でも、日記には苦しい、痛い、辛いなどと書いてある。最後のほうは、震える字で“伸ちゃんとハワイに行く”とか、“伸ちゃんの閉店の日に、キッスをする”などがあって、“ああ、この人に愛されていたから、これまで生きてこれたんだ”と思った」

妻から「私のことは構わずに、最後まで仕事をしてほしい」と言われたために、看病のために休むことはしなかった。

「思えば、僕が仕事をしている間に、息子を呼んでいたんでしょうね。カミさんの葬式で4年ぶりに息子と再会しました。でっぷり太って、いい料理人になっていることがわかりましたけど、口はきかなかった」

【仕事と妻の両方を失った後……次のページに続きます】

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