担当者から怒鳴られ、ひどい言葉をぶつけられる
芳雄さんが再雇用されたのは、メンテナンス行なう孫会社だった。
「僕が勤務するのは、工場や大規模施設の地下にある管理ルームみたいなところ。大規模な施設には汚水の浄化装置とか、電気の管理をする機械とか色々入っているじゃないですか。そのようなインフラ関係の循環がうまく回っているかどうかを監視し、トラブルが起こったときは対応するのが仕事でした。基本的にコンピュータで自動管理しているのですが、予期せぬ出来事が起こります。その対応が仕事でした」
例えば、その施設の排水管が詰まったり、地震や雷などで予期せぬ停電が起こってしまったりすることもある。そういうときの業者手配や対応を行なっていたという。
「あらゆるトラブルを予期して対策が取られていますが、予期せぬ事故や、いたずらなどいろんなことがあるんですよ。その対応に出張る度に、“早くしてください”とか“困るんですよ”などと叱られるんです。こっちはひたすら謝るしかない。私は絶対に悪くないのに、とにかく謝り続けて、復旧しても感謝されず、“遅い”などと怒鳴られる」
施設がきちんと運営されるのは“当たり前”であり、瑕疵があると、鬼の首を取ったように怒鳴られる。
「特に接客業の人はストレスが溜まっているのか、私の存在そのものや、全人格を否定するような言葉をぶつけてきましたからね。管理室は周りの目がないから言いたい放題ですよ。トラブルは毎日ではなく、2週間に1回、あるかないかなのですが、何事もないように祈るような気持ちで出勤し、8時間の勤務を終えて退勤するのはしんどかったですね」
同僚はいたが、心の交流のようなものはなかったという。
「30代の非正規雇用者が多く、何も喋らず、淡々と業務が進んでいく。彼らと僕との違いは、会社という“親”の愛情を得たかどうか。彼らは“愛”を受けて育っていないんですよ。社会人になってから、“何をやっても大丈夫、成長しなさい、挑戦しなさい”という暗黙のメッセージを会社から受け取っていない。彼らが生きてきたのは、“言われた通りに働け。お前の変わりはいくらでもいる”という環境でしょ。それなら心を殺して働く道を選ぶよね。給料も上がらないんですし」
芳雄さんは彼らにどう接していいかわからなかった。人を育てることを会社は求めていない。彼らも育てられることを期待していない。そんな殺伐とした雰囲気の中で働いていると、体に異変が起こった。まず食欲が落ち、眠れなくなり、気力が落ちていった。
「あるとき、帯状疱疹が出たんです。それを見ていた妻が“もう、仕事やめなよ。お金はあるからさ”と通帳を出してきた。それは驚くほどの金額が入っていたんです。妻は株もやっており、配当の収入もありました」
会社には休職届を出して、そのまま退職した。「せっかく再雇用してくれて、65歳まで働けるのに」という後悔の念が強く、半年ほど寝込んでいたという。
「ある朝、妻から“もういいじゃない。親(会社)離れしなよ”と指摘され、不思議と諦めがついたんです。健康があってこその会社だと」
芳雄さんは、最後に勤務した職場で、社会全体が病んでいることを痛感したという。だからそれを解決するために、心のケアをするボランティア活動を始めることにした。今、相談者の心に寄り添う考え方やコミュニケーションを勉強している。
定年後の人生は、社会全体を明るくすることに使いたいと願っている芳雄さんに、きっといい未来が広がっているはずだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。