文/印南敦史
理学療法士である『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』(川畑 智 著、内野勝行 監修、アスコム)の著者によれば、認知症の症状は天気と同じく「晴れたり曇ったり」。思いどおりにはいかないだけに、本人も介護する人も、ずっしりと重たい「曇り」になってしまう日だってあるということである。
たしかに家族が認知症になったとしたら、「曇り」の日が多くなっても無理はない。しかしその一方、ふとした瞬間に理解が進んで心が通じ合う「晴れ」の瞬間もあるはずだ。
では、どうすれば「晴れ」の日を増やすことができるのだろうか?
「晴れ」をつくるために大切なのは、
これからなにが起きるのか?
なぜそれが起きるのか?
そんなとき、どうすればいいのか?
この3つをあらかじめ知っておくことです。(本書「はじめに」より)
これらを知っておけば心の準備ができるため、いざというときに対応でき、「どうにかなるさ」「まあいいか」と思えるようになる。その結果、日々の介護のなかでも心が通じ合う瞬間が増えるというわけだ。
だが現実問題として、認知症の人の気持ちはわかりにくいものでもある。そこが悩みどころでもあるわけだが、解決のヒントは日常のさまざまな場面にあるようだ。
例を挙げてみよう。
買い物の際、認知症の人は同じものを何度も買ってしまったりすることがある。記憶をつかさどる脳の海馬の衰えから記憶障害が起こり、なにを買ったかわからなくなったり、記憶があいまいになったりするのだ。
その結果、同じ食材や食品で冷蔵庫がいっぱいになったりすれば、家族は悲観的になるかもしれない。しかし大切なのは、そうした行為の背景にある思いに目を向けること。たとえばここでは、「練りものや刺身ばかりを買ってくるお母さんに悩む山本さん」の話が紹介されている。
お母さんは、自分が食べるために練りものや刺身を買ったのではありません。
お母さんは、自分が買ったことは忘れても、幼い山本さんが、かまぼこやちくわやつみれといった練りものをおいしそうに食べていたことや、お正月にみんなで刺身の盛り合わせを食べた、家族の幸せな時間は覚えていたのです。(本書38〜39ページより)
そのため無意識のうちに、買い物に行くたび練りものを買ったりしていたということだ。したがって家族には、買い物の日を決めて買い物リストを一緒につくり、買い物の前には冷蔵庫のなかを一緒に片づけるなどの対応が必要になるのだ。
不可解で奇抜に見える行動には、理由がある場合があります。
認知症になった家族にイラッとし、思わず責めてしまいそうになったら、一度落ち着いて、「なぜそうしたのか?」に思いを馳せてみてください。(本書36ページより)
そうして認知症の人の背景にある思いに触れると、沈みがちだった暗い気持ちが一気に晴れることがあるということである。
いずれにしても、認知症になると失敗は増えていくものだ。そのためついイラッとしてしまいがちだが、そこで叱ったりあきらめたりするべきではない。余計な力が抜けるような前向きな笑いを織り交ぜ、ネガティブな雰囲気を解消できる「ちょっとした工夫」をしてみることが大切なのだ。
たとえば、「ご飯を食べたか覚えてない」と言う方に、「食べたか/食べないか」ではなく、「なにをお腹いっぱい食べたいですか?」と切り返す。
こうすることで、本人の好物の話や、過去に行った旅行の話、若いときに仕事を頑張った話に話題が移っていき、「ご飯を食べていない」ということ自体を忘れさせ、楽しい会話の時間を過ごせることがあります。(本書37ページより)
「ご飯を食べたか覚えていない」となると、家族もそのことばかりに意識を向けてしまうかもしれない。しかし、あえてその点に触れず、うまい具合に話題をそらせば、たしかに場の空気は温まることだろう。
また、ボタンやチャックを閉められずに、うまく服が着られない方の場合。
わざと自分もチャックを下ろして、「あらっ、私もチャックが開いていました」と笑いながら言うことがあります。
同じ立場を演出した後に動きを見せながら、「こうやって閉めるといいですね」と、チャックやボタンの動作を解決する。
すると、「自分だけじゃない、この人も一緒だ」という安心感を与えられます。(本書43ページより)
要するに、会話にしても行動にしても、予想外の事態になったときは神経質にならず、周囲もそれを楽しんでしまえばいいのだ。
なぜなら、思いもよらない「予測を超えたリアクション」が返ってくると、人はつい笑ってしまうものだから。医学書には載っていないだろうが、明るく、お茶目に、ときには自虐的な芝居も交えながら笑わせてみることが大切なのである。
そうすれば、「真っ暗闇に、想像していなかった一筋の光が指すときがあります」と著者は述べている。そして当然のことながら、笑うことができれば、周囲の家族もまた楽しくなれるに違いない。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。