文/印南敦史
老いは誰にでも訪れるものであり、決して逃れることはできない。多くの人にとって、とくに50代以降の方々にとってはあまりにも身近なことであるからこそ、(この記事をも含め)老いに関する記述が散見されるわけだ。
にもかかわらず、「老いや老化に関することはよく知らない」という方も少なくないのではないだろうか?
だが、『老人入門』(和田秀樹 著、ワニブックスPLUS新書)の著者はそんな人に対し、「それから先のことは経験したことがないのですから、わからないのが当たり前です」と助け舟を出してくれている。
私が高齢者にかかわりだしたのは東大の老年病科で研修医になった1986年のことで、その後高齢者専門の総合病院である浴風会病院に常勤で勤務するようになった(こちらのほうが大学病院よりはるかに私には役立ちました)のが88年のことです。35年くらい高齢者を診てきたことになります。
この経験ができたおかげで、巷で考えられている老化や老いの俗説について、「実はそんなことはないよ」ということを多少お伝えできるようになりました。(「はじめに」より)
つまり本書ではそうした経験を軸として、老いに対する誤解を解き、老いの実態を伝えようとしているのである。当然ながらその先にあるのは、必要以上に恐れることなく安心感を持ち、冷静に対策を考えてほしいという思いだ。
たとえば著者は、「これだけは知っておいたほうがいいですよ」という基本的な知識に改めて目を向けることを勧めている。根底にあるのは、老いは誰にとっても初めて経験することだからこそ、知識は蓄えておいたほうがいいという考え方である。
まず、最初に基本的なことをふたつだけ挙げましょう。
(1)「老い」は個人差が大きい
(2)「老い」はゆっくりと進む
このふたつです。
(本書39ページより)
まず(1)個人差が大きいとは、つまり人それぞれだということ。当たり前だが、90歳を過ぎても足取りがしっかりした高齢者がいるいっぽう、70代で認知症が始まって生活に不便を感じる人もいるわけである。
10代や20代のころの個人差といえば、せいぜい体力や筋力の違いであり、それも大きな差にはならない。5キロくらいの距離を歩いて1時間かからない人と、もうちょっとかかる人がいるという程度の差でしかないわけだ。
ところが80代になると、50メートルも歩けない人と、5キロくらいなら平気で歩く人に分かれてしまう。老いてくると、それほど個人差が大きくなってくるのだ。
この「個人差が大きい」ということを知っていると、同世代の高齢者と自分を比べて嘆くことがなくなります。「老いはそういうもんだ」と受け止めればいいのです。
体力はガクンと落ちても、本を読んだり映画を観たりといった知的な時間なら同世代の誰よりも楽しむことができるかもしれません。それならそういった知的好奇心を満足させるような毎日の暮らしを作っていけばいいことになります。(本書40ページより)
などと聞くと、「とはいえ、それで身体がどんどん衰えてしまったのでは困る」と思われるかもしれない。だが、それも案ずるには及ばないのだと著者はいう。なぜなら「老い」は、ゆっくりとしか進まないからだ。
(2)のゆっくり進むというのは、慌てなくても打つ手はあるということです。「歳かな」と気がついたときに老化防止のためのさまざまな手を打っても間に合うということです。(本書40ページより)
たとえば、足腰の筋肉が衰えてきて歩行に不安を感じるようになったとしよう。そんなときには誰でも「ああ、歳なんだなあ」と気がつくだろうし、「これからどんどん衰えていくんだろうな」と悲観的な気持ちにもなってくるかもしれない。
でも、そこで日常生活にできるだけ歩く習慣を取り入れるようにするだけで、少なくともしばらくの間はフレイル状態にはならないで済みます。このフレイルというのは、自立と要介護の中間状態とされるものですが、高齢になってくると気がつかないうちにフレイルから要介護に進んでしまうことが多くなります。(本書41ページより)
もちろん、ゆっくり進むから安心してかまわないということではないだろう。そうやって楽観的になりすぎると、油断してしまうことが多くなるのだから。その結果、「気がついたら手遅れ」ということだってあり得るのである。
そう考えれば、ある程度の危機感を持っておくことは必要だろうが、だからといって必要以上に落ち込む必要はないようだ。
そして、そうした考えに基づき、著者は基本的な考え方をもうひとつ挙げている。
(3)老いにはそれぞれのフェーズがある(本書43ページより)
ということ。
70代の10年間と80代の10年間は同じではなく、まったく違う10年になる。つまり老いには、それぞれの年代によって特有のフェーズ(局面)があるということだ。従って、それぞれのフェーズに応じて、暮らし方や生き方を選んでいくことが大切なのである。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。