取材・文/坂口鈴香
「親の終の棲家をどう選ぶ? 『一刻も早く私から引き離そうという意図が見えた』母親への虐待を疑われた息子」(https://serai.jp/living/1073877)で、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員から、母親を虐待していると一方的に決めつけられた沢村寛之さん(仮名・60)の憤りを紹介した。
施設職員による高齢者虐待のニュースを見て胸を痛めている人は多いと思うが、家族による要介護者への虐待も決して少なくない。沢村さんは嫌な思いをすることになったが、ケアマネジャーや地域包括支援センターの対応はあながち間違っているとは言えないのが実情だ。
ある高齢女性が夫から暴力を受けていることが、訪問入浴をきっかけに発見された例がある。訪問入浴の際、看護師が女性の体の異変に気づき、夫から引き離すことができた。同居していた嫁は虐待に気づいていたのだが、家の中で力を持っていた義父に遠慮して何も言えないでいたため、訪問入浴の職員に感謝していたという。
訪問入浴の目的は清潔の維持や、爽快感やリラックス感などの精神的効果だけではない。介護士や看護師は介護される人の全身の状態を観察して、変わったことがないか察知することも大切な役目だ。病気のみならず虐待の兆候がここで発見されることもある。この例がまさにそうだ。
一方で、高齢者の皮膚は薄くアザもできやすい。沢村さんの母親のように、アザができただけで虐待を疑われることがあるのかと不安に思う家族もいるのではないだろうか。
拙速に虐待と決めつけてはならない
あるケアマネジャーは、沢村さんの母親、恒子さん(仮名・86)を担当するケアマネジャーの行動に対して、次のように疑問を呈する。
「恒子さんがせん妄を起こして病院を受診されたときに、沢村さんから連絡を受けた担当ケアマネジャーが地域包括支援センターの職員を呼んでいたと聞いて驚きました。私は、デイサービスや訪問介護の事業所から虐待を疑う報告があっても、相当なことがない限りかなり慎重に対応します。家族がそれなりに介護を頑張っているようなら、しばらく様子を見て、すぐに地域包括支援センターに連絡することはありません。地域包括支援センターに通報するのは、悩んで、悩んでからになります」
このケアマネジャーには、こんな経験もあるという。
「夫から妻への虐待が事実だとわかったことがありましたが、大事にならないよう地域包括支援センターには報告せず、市役所を巻き込んで妻を特別養護老人ホームに入れたことがあります。娘さんはこの対応を喜んでくれました」
介護する側が、頑張りすぎたために介護に行き詰まり暴力を振るっている場合もある。介護する側をさらに追い詰めることのないよう、配偶者や子どもにも気を配りながらサポートしているというのだ。
沢村さんの例に関しては、担当のケアマネジャーが先走り過ぎたのかどうかは、この記事からだけでは判断できないとしつつも、こう語る。
「ケアマネジャーはなぜそんなに早く虐待だと決めつけたのか、話を読む限りではわかりません。それでも、ケアマネジャーはもっと悩むべきだと私は思います。そもそも沢村さんとしっかりコミュニケーションができていたのかも疑問です。そして沢村さんや恒子さんとかかわっているさまざまな専門職と話をして情報を共有していれば、恒子さんがレビー小体型認知症によってせん妄を起こしたのかもしれないと推測することもできたのではないでしょうか」
コロナ禍でブラックホール化する病院
さらに、恒子さんが救急病院から転院した先の病院の対応もまずかったのではないかと指摘する。
「急に環境が変わったうえに、身体拘束をされてトイレにも連れていってもらえないとなると、急激に心身の状態が悪化するのは目に見えており、恒子さんが気の毒でなりません。認知症で暴れたり、どこかに行こうとしたりして、病院の手に負えないとなると、薬か拘束か退院させるかになります。新型コロナもあって、こうした事例が増えていると思います。家族も面会できないので、入院中の病院がブラックホールになっていると感じることも少なくありません」
家族が「このままでは親が完全に寝たきりになってしまう」と、病院から退院させたという話もしばしば耳にする。退院させたいと思っても、退院後の家族の負担を考えると二の足を踏んでいる家族がいるのもまた事実だ。
沢村さんは、恒子さんを認知症専門病院に転院させることにした。そこではリハビリも開始され希望が見えてきたと語ったが、その後恒子さんはどうしているのだろうか。
【虐待を疑われた息子のその後【後編】に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。