取材・文/坂口鈴香

ザ・ドリフターズのメンバーだった仲本工事さんが交通事故で亡くなったのは、記憶に新しい。交通事故の死者数は2610人とこの10年以上減少を続けているが、高齢者人口自体が増加しているため、死者全体のうち高齢者が占める割合は増加傾向にある。幸い命は助かっても、高齢者が事故に遭うとその後の生活への影響は大きいのだ。

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自転車ごと跳ね飛ばされた

西山恵美子さん(仮名・55)の父親(83)は、自転車に乗っているときに事故に遭った。この4月から自転車利用者のヘルメット着用が努力義務化されたところだが、事故に遭ったのはその前のことだった。前方不注意の車両が横から出てきて、父親は自転車ごと跳ね飛ばされた。父親は頭蓋骨や鎖骨、腕などを骨折し、頭部を25針も縫うほどの重傷を負った。

西山さんは連絡を受けて仕事先から駆けつけた。父の顔は腫れ上がり、痛々しい姿ではあったものの意識はあり、事故当時の記憶も明瞭だった。

「詳細に事故のときの状況を話せるほどしっかりしていて、逆に驚きました。もっとも後から考えると、このときが一番頭がはっきりしていた、ということになるのですが」

ところが、父親は楽観できる状況ではなかった。医師からは「今夜出血したら命にかかわると思ってください」と告げられた。

「出血」とは、仲本工事さんの死因でもある「硬膜下血腫」のことだ。事故直後は何ともなくても、そのあと出血して大事に至ることもあるので油断はできないという。

父親はICUに入った。医師からは、この1~2日がヤマだと言われていた。

せん妄を認知症だと断言されて

「その日はICUで様子を見ました。出血しなければ一般病棟に移すということで、幸いなことに翌日には一般病棟に移ることができました」

これで一安心、のはずだった。が、高齢者が入院などで急に環境が変わると引き起こされる“せん妄”が出現した。

「面会は1週間に2回、10分しか許されなかったのですが、病室に行くと血まみれになっていました。チューブや針を抜いてしまったとのことでした。そして、『帰る』と言って、病室からいなくなってしまったらしいのです。病院中大騒ぎになったと伝えられました」

父親は病室を抜け出し、タクシー乗り場まで行ったところで保護されたという。看護師から、父親が認知症だと決めつけられたことに、西山さんは憤る。

「要介護度はどれくらいですかと聞かれました。事故前までは父は頭も体も何ともなく、事故後も事故の様子を詳細に説明できるくらい記憶は明晰でした。入院したことでせん妄を起こしたとしか考えられません。看護師に『せん妄じゃないですか』と言っても耳を貸してくれず、『認知症だから、介護認定を受けてください』と断言されました。そしてナースステーションの隣の部屋に移されて、『また騒ぐことがあれば拘束します』とまで言われたんです」

面会は家族1人に決められていたので、西山さんはいったん自宅に戻り、母親や弟とも話し合おうと思い、「認知症ではないので、明日返事します」とだけ言って自宅に戻った。

「ありがたいことに、翌日にはせん妄は治まっていました。穏やかになってホッとしていたのですが、今度は本当にボケてきてしまって、週に2回しか面会に来れないと言っているのに、『いつ来るんだ』『ここはホテルだろう。早く帰ろう』などと訴えるんです」

このまま病院にいては、もう戻れなくなるのではないか……心配になった西山さん家族は医師と相談し、2週間で退院させることになった。

「頭の傷がまだふさがっていませんでしたが、本人も帰りたがっているからということで、担当医が退院許可を出してくれました」

退院当日、その場で抜糸するというあわただしさだった。

あの事故さえなければ

入院中父親は急いで介護認定を受け、帰宅後は通院してリハビリを行うことになった。頭はもう大丈夫だと言われていたが、だんだん物忘れがひどくなってきた。

「スイッチが入ったり、切れたり……まだらボケのような感じですね」

父には糖尿病の持病があった。それまで自分で薬の管理ができていたが、退院後はそれもできなくなった。リハビリには通っているものの、どんなリハビリをしたのかも忘れてしまう。自宅でもリハビリをやるように言われているのに、やろうとしない。

「仕方ないので、ネット動画を見せてリハビリの復習をするようにしました。病院では150日リハビリを続けましたが、筋肉がかたまってしまって腕も動かなくなりました。手で頭を触れれば御の字と言われていて、触れるようにはなっているので、それでよしとするしかないのでしょう」

リハビリ後はデイサービスに行く予定にしていたが、父親が嫌がったため、自宅に来てもらう訪問リハビリをお願いすることにした。そのときにしかリハビリをしないので、腕は動きにくいままだ。

そんな父の姿を見ていると、悲しいのはもちろんだが、それ以上に腹が立ってイライラしてくるのだという。

「いろいろと世話している母に対する感謝がまったくないことに腹が立ってくるんです。母も私も気が強いので、母と私に毎日ギャーギャー言われて素直に感謝もできないのでしょうが。そのくせ、母の姿が少しでも見えなくなると、『どこ行ったんだ』と心配する。母がいないと何もできない、昔ながらの昭和の父親なんだということでしょうね」

この数か月で父親は一気に物忘れが進んだように感じている。

「担当医に薬を増やしてほしいと言ったら、先生は『お年寄りはこんなもんですよ』と軽く言うばかりで」

これ以上ボケてほしくない。でもどうすればいいのかわからない。

事故がなければこんなことにはならなかったのに――。思っても詮ないこととわかっていながらも、むなしさに襲われる西山さんなのだ。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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